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紫の章5
「人懐こいな、本当に青龍か?
随分小さいし、そこにいるホンの火トカゲと似たようなモノに見えるが?」
『陛下』の笑みは直ぐに消え去り、尊大にグアンに言い放つ。
葵は心臓の音をわざと無視して、
『陛下』の目線の先を辿ると、列の前の方にいる鎧を着た赤い髪の男の肩に、丁度トカゲを赤くして、子犬サイズにしたような生き物がとまってるのが見えた。
背中に蝙蝠の羽のような物が生えているので、もしかしたら飛べるのかもしれない。
(俺って、今あんな感じなのか……。)
葵は虚な瞳で、火トカゲを見やる。
アーモンド形の瞳がキョロキョロと動いて、まぁ、可愛いと言えなくもないか…と思ったが、
こちらを向いた火トカゲが心なしか挑戦的な顔をしていたのは気のせいか?
(やっぱり可愛くないかもしれない…。)
「陛下、うちのヤンは優秀ですが、青龍様と比べるのは、流石におこがましいですよ。
赤いトカゲも、黄色いトカゲもいますが、青いトカゲってのは聞いた事がありません。」
ホンと呼ばれた赤髪の男が、火トカゲを撫でながら笑って言う。
ホンは軽薄な印象があるが、なかなかの美丈夫で、長めの前髪をサラリと横に流し、さぞかし女性にモテるのだろうという風情がある。
ヤンと呼ばれた火トカゲは、ホンに撫でられながら羨ましいだろうといった様に葵の方をチラリと見てきた。
(落ち着け…あれはトカゲだ…俺は中身は人間…)
「ホンどの、青龍様をトカゲ扱いなど無礼ですよ。
陛下、確かにこちらの青龍様は、小さ…いえ、可愛…いえ、小ぶりでいらっしゃいますが、
恐らくまだ成獣ではございません。
伝承では、成獣ですとこの正殿を覆い尽くすほどの大きさだったと言われます。
これから陛下の御代と共に、ゆっくり成長していかれるのではなかろうかと思われます。」
「思われます…か、随分曖昧なものだな…」
鼻で笑いながら、『陛下』はもう一度葵を見やる。
どうやら『陛下』は葵を青龍だとは思ってないらしい。
勿論、葵だってそんなものになった覚えはないのだが、まわりの(特にグアン)青龍降臨に興奮しきった空気と『陛下』の冷め切った瞳は随分と温度差があるようだった。
(何だかとっても偉そうなのも嫌な感じだな…王様だから仕方ないのか?
こんなに良い匂いがして、顔も格好いいのに、性格が悪いなんて残念過ぎる)
「アォ…」
葵は溜め息をついただけのつもりが、また鳴き声が出てしまっていたらしい。
すると『陛下』は、ますます馬鹿にしたような顔になり面白そうに言った。
「おや、青龍様の鳴き声は随分可愛らしいな…
よし、おまえの幼名ようみょうは『アオ』にしよう。」
『アオちゃん…』
突如、優しく呼びかけてくる千尋の笑顔が脳裏に浮かび、葵の心はふいにざわめく。
『陛下』はからかっているだけだろうに、偶然にしては、何という運命的なイタズラ。
このまま元に戻らなければ、優しい千尋は葵の事を心配するだろうか。
それとも、葵の事など直ぐに忘れてしまうだろうか…。
人間の時の鬱々とした気持ちが呼び戻され、葵はそのまま思考の沼に沈み込みそうになったが、グアンの慌てふためいた声がそれを遮った。
「へ、陛下!?そんな、青龍様にペットのような名前!!流石に許されませんよ!!」
「なに、いいではないか。
王と青龍は一心同体なのだろう?私だけが、呼ぶなら問題ない」
グアンの制止を聞き流し、不遜に笑って、葵にウィンクしてくる『陛下』があまりにも様になり過ぎて、思考の沼は何処かに吹き飛んで思わず見惚れてしまった。
悪戯っ子の様に葵に笑いかけながら『陛下』がまさに犬にするように、葵の短い両腕の脇に手を差し込み持ち上げて、目線を合わせて話しかけてくる。
「自己紹介がまだだったな。
私は青龍を守護龍として祀る国、ロンワン王国の第32代皇帝フェイロンだ。
まさか本当に青龍様が我が国を守護してくれる日がまた来るとは、非常に恐悦至極だ。
そんな小さな姿で何が出来るのかさっぱり分からんが、宜しく頼むぞ、アオ」
その日のグアンの悲鳴は正殿中に響き渡ったという。
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