青の章6

1/1
前へ
/85ページ
次へ

青の章6

 気付くと身に覚えのある香りで目が覚めた。南国の花を思わせる芳醇で爽やかな香り。葵はあの時と同じ強烈な空腹感を味わっていた。違うのは葵が人間の姿をしている事だ。  起き上がると紫龍草の花々中で小さな子供がジッとこちらを伺っている。腕の中には籠いっぱいの紫龍草が入っている。 「シィン!?」  なんだか久しぶりに会ったような気がする。葵は嬉しくなって、シィンの元に駆け寄ろうとするが、シィンは警戒した様子でこちらを伺っているだけだ。  そういえば、人間の姿で会うのは初めてなのだ。どうすれば怖がらせないかと考えあぐねていると、シィンが恐る恐るといった様子で紫龍草を一輪差し出してきた。  食べろと言う事だろうかと思い、一口食べると人間の姿でも味覚は変わらないらしく、堪らなく美味しい。一口のつもりが一瞬で茎までペロリと食べてしまった。 「やっぱり!!アオちゃんなんですね!!」  シィンは葵の食べっぷりを見て青龍と判断したらしい。なんだか複雑な気分だがとりあえず気づいて貰えて良かった。 「シィン、お話するのは初めてだね。シィンはいっぱいお話してくれたけど、いつもお返事したいなって思ってたんだ」  シィンは顔を真っ赤にさせて、何故か涙を流し始めてしまった。 「ど、どうしたんだシィン?」 「本当にっ!青龍様が人間だったなんて!陛下が仰っていたのは本当だったんだ……それなのに……うわぁん!!」 「フェイロンが?フェイロンが何か言ってたのか?何があったんだ?」  シィンからフェイロンの話が出て葵はいてもたってもいられなくなった。 「フェイロンは今どこにいるんだろう?まだ私室にいるんだろうか?」  シィンはハッと顔を強張らせて、涙を浮かべながら言葉を紡ぐ。 「陛下は……青龍様が人間になって居なくなったって言って……夜中だったけど大騒ぎで明け方まで宮殿中、探させたんです。それで、何処探してもいなかったから、グアン様が星見の力で過去を覗かれて、青龍様が元の世界に帰ってしまわれたって分かって……それで今度は、陛下も居なくなっちゃって……そうしたら、あ、あいつが本当の王様は自分だって言い出してっ!」 「い、居なくなった!?どうゆう事?」  葵が元の世界にいたのはほんの半日くらいの感覚だったが、こちらではもう少し進んでいたのかもしれない。 その間にフェイロンが自分を探してどこかに行ってしまったというんだろうか?驚愕の事実に葵は動転した。  シィンは話しているうちに、ますます興奮して泣き叫びながら葵にしがみついてきた。 「グアン様も、そいつに連れて行かれちゃってっ!ぼ、僕、どうすることも出来なくて、青龍様が帰ってきたらっ何とかしてくれるんじゃないかってっ…!だからっ!」  シィンは泣きじゃくりながら、助けて、と繰り返し訴えてくる。 「シィン、ちょっと待って。落ち着いて。その、グアンは誰に連れて行かれたんだ?」 「それが……ひっ!」  シィンが凍りついた表情で葵の後ろを見る。 振り返るとそこには火トカゲをつれたホンが佇んでいた。赤い髪が夕陽に照らされ燃えるように風でなびいている。 「ホン……」  思わず名前を口にすると、ホンがおや?と眉をあげる 「どこかでお会いした事があったかな?こんな美人さんなら一度会ったら忘れ無いはずなんだが」 人好きのする笑顔で冗談めかして答えられ、そういえば自分は青龍のうちは言葉が分からないフリをしていた事をすっかり失念していた。自分に舌打ちしながら、何となく自分が青龍でないフリをした方がいいと思い葵はシラを切ることにした。何故そうしたかは分からない。あえて言うなら本能だった。 「いえ……ホン将軍は有名な方ですので、失礼しました」 御前失礼します、とシィンを促すとシィンも察して後から付いてこようとする。 途端後ろから腕を掴まれた。 「お待ちください。あまりにつれないではないですか。せっかく貴方という素敵な人に出会えたんだ。もし宜しければ我が家でお茶でも飲んでいかれませんか?」  相変わらずの軽薄さに呆れながら葵は素気無く断ろうと掴まれた腕に反対の手を伸ばし離してくれとアピールする。 「いえ、今、人を探していまして。急ぎますので行かせてください、あの……離してもらえませんか?」 葵が手を離すように懇願するが、ホンは掴んだ手にますます力を入れてきて痛いほどだ。 「あの……?」 困り果ててホンを覗き見ると、薄らと微笑んだまま一向に離す気配がない。 「いい加減にしてくれ!」 「っ!」  焦れて葵が叫ぶと同時に、シィンがドンッとホンに体当たりをした。 「シィン!?」 「逃げて!青龍様!!」 「え?」  シィンに体当たりされても、ホンは全く動じる事なく、そのまま葵の腕を力強く引っ張ったかと思うと、胸の中に葵を引きずりこんだ。 「探し人は、ここにいますよ。青龍様。私が本当の王なんですから」  途端クラリとするほど濃厚で腐ったような果実の臭いが葵の鼻につきクラリと意識が遠くなる。 (しまったーーー)  香りはドンドンキツくなり、葵の意識は完全に遠のいていく。遠くでシィンの泣き叫ぶ声が聞こえた気がした。 (なんで気付かなかったんだろう。ホンもアルファだったんだーーー)
/85ページ

最初のコメントを投稿しよう!

729人が本棚に入れています
本棚に追加