01-03 魔法使いの朝支度

4/6
前へ
/277ページ
次へ
王はというと、今のやりとりの何が面白かったのか、腹を抱えて笑い転げている。 肩を揺する度、王の紫の首飾りが、わざとらしく音をたてた。 「ヒューズ、お前の勝ちだ。これだからお前のことが気に入らずにはいられない」 「さようで」 答えながらも、僕の頭の中は、蒼の国のことでいっぱいだった。 早くあの静かな国で、思い切り羽を伸ばしたい。 「朝の挨拶ご苦労。今日もまた、蒼の国へゆくのか」 「いけませんか?」 「挑戦的な言い方だな。だがそこがいい」 「お話が終わったのなら、僕はこれにて」 踵を返して歩き出すと、背中から王が声を上げる。 「民への恵みを忘れるでないぞ! お前が与える恵みは、少なからずこの国の安泰につながっているのだからな!!」 「御意に」 「ヒューズ! 王に尻を向けて話すとは何事か! こら! 止まらんか!」 補佐の声は、扉の隙間に吸い込まれて消えた。 あぁ、今日も今日とて無駄な時間を過ごした!  一刻も早く蒼の国に向かいたい。 いっそ土地飛びの魔法で、一息に蒼の国へ飛んでいってしまおうか……。 「民への恵みはお忘れかい?」 しゃがれた声に僕はまたもげっそりとする。 十二人もの兄弟がいるのだ。 城の中に人が多いのは仕方がないかもしれない。 それによって気が休まらないのも、我慢すべきなのは承知している。 しかし、しかしこの姉さんにだけは、いつも我慢がきかない。 僕はしゃがれ声を無視して、つかつかと廊下を歩み進めた。 ところが、声は延々と後ろをついてくるのだ。 次第に鼻をつく土くささと獣臭さに、鼻がひくひく震え始める。 「つれないねぇ、ヒューズ。お前さんの心は氷で凍てついちまったのかい?  あぁ、私のかわいいヒューズ! 姉さんに挨拶はないのかい?  それとも、もう姉さんのことは嫌いになっちまったのかい?  そんなのあんまりさ。 あたしは王より、あんたの母親より、父親より、誰よりあんたのことを愛しているんだよ。そら、こっちを見ておくれ。 笑顔を見せておくれよヒューズ……」
/277ページ

最初のコメントを投稿しよう!

33人が本棚に入れています
本棚に追加