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僕が決まって蒼の国に向かうのは、こうしたいざこざや、五月蝿さから逃げるためでもある。
中でも、城下町の一角にぽつんと立っている、この小さな教会は、僕の行きつけだ。
ステンドグラスが美しく、本当に居心地がいい。
貝殻の粉を塗られた建物は、夏は涼しく冬は温かい。
おまけに修道女も修道士も、優しく人ができている。
「蒼の国は素晴らしい! 静かな風、大地の草木も穏やかで、人はみな他人に無関心そのもの。何も口をだしてこない!! 加えて紅茶がうまい!!」
称えながら背筋をぐぐっと伸ばすと、修道女ソリウはおかしそうに、しかし上品に微笑むのだ。
「そう言ってくれると、私も嬉しいわ。この紅茶は蒼の国で採れたものだから。あなたが言うなら、本当に美味しいんでしょうね」
「言っておくけど、王族が皆、高いものだけを好むと思わんでくれよ。僕はここの食事が一番好きなんだ」
「お上手ね」
教会の客間でくつろぐ僕の前で、ソリウは輝く大地の色の髪を軽く払いながら、ティーアを可愛がる。
ティーアは子猫らしく、無邪気にソリウに戯れている。
ティーアもまた、この場所にいるときが、一番子猫らしくなれると見える。
僕もまた、ただのヒューズとしてここにいられる。
ソリウの、王族にも態度を変えない分け隔てなさが、僕の口調すら王族のものから庶民のものへと変えてしまう。
不思議な少女だ。
「この街に入ってからは、大丈夫だった? 最近、この国も物騒になってきたから」
「僕にしてみたら、この国の輩は赤子同然だよ。かわいいもんだ」
「そうね。あなたは立派な魔法使いだもの……それに、本当に怖い人達相手なら、あなたはうまく、逃げてくれそうだし」
「ひどいなぁ。僕を腰抜けみたいに言わないでくれよ」
「器用で賢いと言ったの」
「ものは言いようだなぁ」
参ったと両手を上げると、ソリウは楽しそうに肩をすくめた。
その胸で、金色の首飾りが光る。
この国の宗教を表す、二十字架だ。
二つの十字が重なった、雪の結晶にも似た印。
翼を広げ、両腕を伸ばした女神を表している、だったか。
しかし、ソリウの言葉や仕草に、宗教特有の排他的なものはなく、うっかりすると、ここが他所の国なのを忘れてしまいそうになる。
微笑むソリウを眺めていたところで、扉が二度鳴った。
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