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ティーアはオーリアから少しばかり離れて、じっとオーリアが握る手元を目で追っている。
飛びかかりそうで飛びかからないところが、ティーアの賢いところである。
僕はぼんやりと窓の外をみやった。
ソリウが子どもたちと洗濯物を取り込んでいる。
読み聞かせはその後だろうか。
「ここの子どもたちは、みんな元気かい?」
「一人熱を出したが、後は変わりない」
ソリウの絵本を聞きに来た子どもたちの中には、教会の世話になっている者も少なくない。
他にも、読み書きができない子供や居場所のない子供、体の欠損や生まれつきの不器用で周囲から疎まれてしまう者たちも、教会に集っている。
誰もがソリウと言葉を交わすことで、自分もまた平等な一人の人間であることを思い出す。
「ソリウは、すごいな」
「あぁ。俺もそう思う」
オーリアは無骨に答えるが、声の端々に誇らしげな含み笑いが漏れていて、この男もなんと不器用なものかと、僕は一人笑った。
しかし気づかないオーリアは、今度は羊皮紙を取り出して何事かの書類を読み始める。
「いいのか。他所の国の王子の前で。大事な文書なんだろう? 」
「気にする必要、あるか?」
「気にしろ。僕は王族だぞ……一応」
「ふん。それにしては、随分と腰抜けだな」
「口の減らない青二才が」
「寿命の比率で言えば、お前とそう変わらん」
なるほど。
50年単位で生きる魔法使いと、100年生きる人間。
僕が生きた年数は、100年生きるオーリアの20年に相当する。
「……確かに」
口では敵わないと察して、僕はおとなしく口を閉ざした。
まったくオーリアという人間とは、おかしな間柄になってしまったものである。
蒼の国に出向くと、僕からかオーリアからか、どちらともなく側に来て、こうして近くに座り合う。
あるいは並び歩く。
しかし言葉は少なく、しまいには口を閉ざす。
悔しいのは、魔法使いの僕が百年以上の年月を生きているのにもかかわらず、二十年そこらしか生きていない人間風情のオーリアに、一度も言葉で勝てた試しがないということだ。
さらに悔しいのは、そうして言い負けることすら、僕は楽しんでいることだ。
この悪友と時間をともに過ごすのが、楽しくて仕方ない。
交わす言葉の有無にはかかわらず、だ。
「あの小物の司祭はどうしてる? ほら、頭が後ろまで禿げ上がっている」
「相変わらずさ。人はいいんだが、どうにも儲け話に目がくらみやすい。困った人だ」
「僕もあの人は嫌いになれない。兄上に似ている。二番目の、補佐をしている兄だ」
「あの司祭が国の上に立てば、国は滅びるだろうよ」
「違いない」
二人して、クツクツと笑い合う。
「この後はどうするんだ? ヒューズ」
「さぁてね。特に考えてはいないけど、少しばかり蒼の国を散策したいな。また服を借りても?」
「あぁ。大きすぎないといいんだが」
「阿呆。まだ身長は負けてない」
「肩幅だよ」
「……………確かに」
「そこは頑張ってくれよ、大魔法使い様」
「うるさい庶民剣士が」
悪態のあとに、どちらともなく笑いが漏れる。
この静かで穏やかな、しかし笑みの絶えない時間が、僕にとって何よりの生きる糧なのだ。
まったく、蒼の国は素晴らしい。
本当にいい国だ。
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