01-01 成人の儀

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俺より一回り大きく、しなやかな手は、鎖を元通りに戻して、俺の両肩を軽く叩いた。 「これが、この城の奥深くに眠る、黒の翼。この城が窮地に陥ったとき、最後の手段として、この翼は存在しているの」 語りかけたのは、母上だった。 母上の声だとわかるのに、いくらか時間がかかった。 まだ夢の中にいるように呆けていた。 「我らはこの力を、私利私欲のために使ってはいけない。来るべき時、正しき王のために、この力を振るうのだ」 「……どうして、こんな、恐ろしいものが……」 「だって、蒼の国は、か弱い人間が住まう国だぜ?」  白の一族の若者が、肩をすくめて答える。 「もし強大な力を持つ何者かが、この国に攻め込んできたらどうする?」 「民や王を守るは、我が一族の努め。均衡を守るために、我らはこの身を、黒の翼へと捧げねばならぬ、王よりも先に」 「王、よりも?」 「王族もまた、この力を受ける権利を持つ。しかし、黒の翼は代償を欲する。王族を犠牲にしてはならない」 答えたのは白の一族の老女だった。 幼い俺には、何一つとして大人の言葉は理解できないでいた。 確信していたのは、この箱に閉じ込められた「何者か」が凄まじい力を持つこと。 この力は、気安く触れていいものではない、ということだった。 「そろそろ寝床に戻ろう。儀式は終わった」 父上の言葉に、俺は唾を飲み込んだ。 まだ指先が震え、冷や汗が止まらなかった。 今日は眠れないかもしれない。 甘えだとわかっていても、母上の手を握らずにはいられなかった。 母上もまた、そんな俺の心中を察してか、俺の手を握り込んでくれた。 それがゆえに、俺は気づかずにいた。 俺たちをじっとねめつける、黒い人影に。 箱から漏れ出すのと同じく黒い精霊を従えた、邪な心を持つ男の視線に。
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