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俺より一回り大きく、しなやかな手は、鎖を元通りに戻して、俺の両肩を軽く叩いた。
「これが、この城の奥深くに眠る、黒の翼。この城が窮地に陥ったとき、最後の手段として、この翼は存在しているの」
語りかけたのは、母上だった。
母上の声だとわかるのに、いくらか時間がかかった。
まだ夢の中にいるように呆けていた。
「我らはこの力を、私利私欲のために使ってはいけない。来るべき時、正しき王のために、この力を振るうのだ」
「……どうして、こんな、恐ろしいものが……」
「だって、蒼の国は、か弱い人間が住まう国だぜ?」
白の一族の若者が、肩をすくめて答える。
「もし強大な力を持つ何者かが、この国に攻め込んできたらどうする?」
「民や王を守るは、我が一族の努め。均衡を守るために、我らはこの身を、黒の翼へと捧げねばならぬ、王よりも先に」
「王、よりも?」
「王族もまた、この力を受ける権利を持つ。しかし、黒の翼は代償を欲する。王族を犠牲にしてはならない」
答えたのは白の一族の老女だった。
幼い俺には、何一つとして大人の言葉は理解できないでいた。
確信していたのは、この箱に閉じ込められた「何者か」が凄まじい力を持つこと。
この力は、気安く触れていいものではない、ということだった。
「そろそろ寝床に戻ろう。儀式は終わった」
父上の言葉に、俺は唾を飲み込んだ。
まだ指先が震え、冷や汗が止まらなかった。
今日は眠れないかもしれない。
甘えだとわかっていても、母上の手を握らずにはいられなかった。
母上もまた、そんな俺の心中を察してか、俺の手を握り込んでくれた。
それがゆえに、俺は気づかずにいた。
俺たちをじっとねめつける、黒い人影に。
箱から漏れ出すのと同じく黒い精霊を従えた、邪な心を持つ男の視線に。
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