chapter,1

2/50
156人が本棚に入れています
本棚に追加
/246ページ
 目撃者が呼んだのだろう、遠くからサイレンの音が聞こえる。小手毬の前でしゃがみ込んで抜け殻のようになっていた自由は顔をあげ、死んだ魚のような瞳で、佇んでいた女性を見眇める。  真っ赤な車を運転していたのは、自由より少し年上の、二十代後半の女性のようだ。レースのシルクブラウスとグレーのタイトスカートを着た彼女は、会社帰りのОLに見えなくもないが、少し浮世離れした感じがある。  きれいな、ひとだ。  自分がしてしまったことにうろたえ、立ちすくんでいる。彼女は取り乱していた。少女をはねてしまった事実に打ちのめされていた。  自由はその様子を見て醒めてしまった。あなたが取り乱していても、小手毬が治るわけではない。彼女は現に、あなたにはねられてしまったのだから。  サイレンが間近まで迫り、静かになる。  救急車と、パトカーが現場に到着し、それぞれ救命措置と実況見分を開始する。小手毬をはねた女性と自由は警察から事情を聞かれることに、そして小手毬は事故現場から一番近いところにある大学病院附属の医療センターへ搬送されることになる。  やがて、救急隊員の手によって少女は担架に乗せられる。彼らの表情は必死だ。自由は祈ることしかできない。そして。  すべて、悪夢であると、逃げることしか、できない。  ――今はまだ、彼女を救えない。
/246ページ

最初のコメントを投稿しよう!