chapter,1

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 自由は共働きの小手毬の両親に代わって、大学の授業の合間にちょくちょく小手毬を見舞っていた。幸運にも、そういうことができる環境だった。それに、経験が浅い彼は彼女のためにできることが、なかった。見舞うことしかできなかった。  彼が「亜桜(あさくら)小手毬」と記された個室に行くと、高い確率で、彼女と会う……小手毬をはねた事故の加害者と。  加害者である女性は坂猪(さかいの)優璃(すぐり)と名乗った。  事故の責任は自分にあると、誠意を込めて小手毬を見舞っていた。加入していた自動車保険だけでは償いきれないと、若い頃から貯めていた結婚資金をすべて、小手毬の治療費に捻出してくれた。個室を準備してくれたのも彼女だ。  病室には毎日、異なる花が飾られる。赤と白の絞り模様がのぞく八重のカーネーションに、赤、白、黄、緑、紫、桃、橙色と、グラデーションが豊かな七色のチューリップ、気高い女王のように凛と佇むオールドローズに鮮やかな色彩を抱くリガールリリィ……自由の知らない花もたくさんあった。
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