アンビバレントを飲み干して

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「いいって。お前はそこで寝とけよ。別にいいだろ。隣の部屋にいるんだから。今日のお前本当に面倒くさいぞ」  でも許して欲しい。 「……好きな人に会えなくなるっていうのは本当に辛いんですよ?」  ――――先生だってわかるでしょ?  そう言って目を合わせれば、反射的に先生は目を逸らした。眼鏡の奥、瞳の光が大きく揺れていた。 「……でもいつか会えなくなる時は来んだよ」  どこか堪えるような表情が見ていて辛い。 「ったく、うじうじするな。もう寝ろ」  けどそんな顔を長く見せることはない。……いじらしい人だ。 「嫌ですー……」  いつもみたいに抱きつく。上からため息が降ってきた。でも流石に今日はかわされない。 「子どもじゃねーんだぞ……」 「大学生はまだ子どもです。つまり私は子ども!」 「違ぇよ! つかもう卒業しただろうが」  突っ込む先生を引き寄せる。勢い余って先生がうわ、と声を上げて、ベッドの縁に手をつく。 「あ、すみません」 「ったく……ほらもういいだろ」  不満そうな唸り声をあげ、やんわりと先生は私を引きはがそうとする。 「もう寝ろ」  でも私はその手をぎゅっと掴んだ。温かくて大きな手。気持ちがふわりと浮かび上がって、膨れ上がって。……私を飲み込む。 「……お前なぁ」 「先生」  ……そのまま思いっきり肩を押した。バランスを崩した先生がベッドに尻もちをつく。 「七崎……?」  先生と私の間には暗黙の了解がある。それは本気じゃないってこと。いくら私が先生に抱き着いたって、襲い掛かったって、セクハラじみた発言をしたって、全部冗談。じゃれているだけ。だから先生は私を咎めたりしなかったし、私のひどいアプローチを許してくれた。  それは絶対のルール。スクリプトの最後には必ずセミコロンを入れるのと同じくらい、絶対の。  ――――でも、そのルールを壊してしまったら?
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