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じごくのはじまり
「キャハハハッ!」
「ひっどぉい、みっともな~い。」
「ちょっとぉリーコちゃん?大丈夫ぅ?」
…突然ですが私。
吉原璃子は先輩に虐められています。
気弱なオーナーも自己愛の強いママにも見て見ぬふりされる地獄のようないじめです。
「………。」
はあ…。
いつの間にか化粧ポーチに紙に包まれた虫の死骸が入っていた。
見てるだけで胸のムカムカがせり上がってくるがそんなことより疲労が勝る。
まだ出勤して間もないのに、さ…。
今日はドレスを破られなかったし髪も引っ張られないのでついうっかりしてた。それにしてもこいつらも、よく飽きないな。
首吊りのような姿勢で固まってポーチを覗き込んでいた璃子は短くため息をつくと素手で死んだ虫を掴みゴミ箱に深くつっこんだ。
さようなら。遊びで殺された生き物の気持ちなんて先輩たちには分かりっこないよ。現に私が娯楽で虐められているからね。虫に同情して、蓋を閉めれば今度は私の番。
璃子の一挙一動を見守って笑いを堪えていた連中が金切り声を上げてはしゃぎだす。
机がガタガタバンバンうるさいったらない。
「うえ~っきったな~い!!」
「きもっ!リーコ虫だ、害虫だぞー!」
「ふふっあんま言うと可哀想くな~い?」
「ケラケラケラケラケラッ」
「大丈夫だよね~?リーコきも虫~?」
「……はい、大丈夫です。」
強めの肩パン、痛いんですけど。
璃子はほぼ口を動かさず、目も合わせず操作された言動をそのまま吐き出した。
…控え室の惨状を止める者は誰もいない。
いつものトリオの他にも当然同期、後輩の女の子は同室にいるのだが我関せずって感じで鏡の前で化粧直ししてる。
いいよね皆は。
狙われてないんだからさ。
嫉妬の一睨みを彼女たちに向けた。
それから姿勢を正して遅れて出勤した彼女たちにご挨拶する。
「お疲れ様です。鬼原先輩、島原先輩、桃原先輩。」
「美波さぁん、話聞いてくださいよぉ。」
「なになにマキちゃん?」
「差し入れのケーキおいひー。」
「………。」
挨拶してもこの通り。
私の存在はいつでも無視されている。
さて、無駄な挨拶を済ませたら仕事の準備をしよう、と言っても高級クラブで働く私は俗に言う「売れないホステス」。
毎日のようにお化粧して着飾っても、ちょっと良いネックレスつけても特に指名されない。お店が忙しくなった頃のヘルプで日銭を稼ぐ日々。控え室で待機しっぱなしの日も少なくない。
だからと言ってみすぼらしい格好をしているとただでさえ少ないお給料がまたカットされてしまう。気合い大事。化粧代だって馬鹿にならないんだから。
鏡の席は空いていないので虫の足の名残があるコンパクトミラーで真っ赤な口紅を引いてチェック。ゴミはその辺に捨てとく。
隅っこで身だしなみを整えていると中央のテーブルを陣取る先輩トリオは三十越えの女子トークに彼岸花咲かせてた。
「美波さんってぇ~超可愛いですよねぇ?頭もいいし?賢くて美人だし~~っ!彼氏さん誇りに思うでしょ~~っ!?」
褒められた鬼原さんは狐のような面に薄く妖艶な笑みをたたえた。
「そんなことないよ、でもまあ、ワタシってあとは目が大きければいいなって思うことあるけどね。」
「キャーーーッ!ケンソンできる美波さんえらーい!」
「お姉さんもめっちゃ美人なんでしょー?うらやまひー!」
「最近結婚したけどね。」
「美波さんもぉ、すぐですよぉ!」
「……。」
目が大きければ完璧ってか。
性格矯正ギプスつけてこいよ。
…おっと、たまに出ちゃう私の本音。
こうやって心で発散しないと壊れた心が取り返しつかないことになる。
まあ負け組の僻みですよ、へいへい。
自虐的に璃子は鼻先を小さくフンと鳴らす。
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