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多分、私は生まれつき負け組だったわけじゃないと思う。
ママが入ってお店がオープンして、退屈な待機時間、何をするでもなく携帯の画面を眺めていると暇な頭に余計な回想が始まった。
…生前父さんが教えてくれた。
「吉原」の苗字は名前に吉がついている。
だから良いことがよくある運命の名前だってなんか誇らしげに語ってたっけ。
…私もそれを信じていた。
だから楽しい人生を謳歌するのは名前のおかげだって幸運に思っていたんだ。
…私の不運が始まったのは高校三年生。
センター間近の模擬テストの時間だった。
良い大学に行きたいから、夢を叶えたいからその日の為だけにも沢山勉強した。
家を出る時も母さんの話をロクに聞かず、苦手な英単語を覚えることだけに集中してた。
それが家族と最期の会話だって、カミサマは教えてくれなかったんだよ。
何を喋ったかなんて覚えて、ないよ。
そのことを思い出す度、歯がゆさに胸がギリギリと締めつけられる。
「………。」
冷えてシーンとしているのにピリピリ、カリカリした教室内にこっそり、教頭が顔を出した。
私も一瞬そっちを向いたけどまさか自分のことだなんて思わないじゃない。
その怪訝な顔を私に向けられた瞬間、何か嫌なことがあったんだって察した。
手をこまねいて璃子を呼んだ教頭は干上がった頭頂部に見たことないくらい汗をかいて視線まで泳いでいた。
「吉原…落ち着いて聞いて欲しい。」
「はあ。」
「その…なんといっていいのやら。」
「はあ。」
「君のご両親が…事故で亡くなった。」
「はあ。」
…一瞬、脳内で理解出来なかった。
これは夢?幻?勉強のし過ぎでタチの悪い夢を見てるんだって思っていた。喉が塞がり、苦しい中、幻想と思われる教頭は話を続けた。
「僕も詳しいことは…分からないんだけど、先日の台風で緩んだ山の土砂崩れに巻き込まれ…たまたま、その道を通っていた君のご両親と他の車が…その、生き埋めになって。…即死、だったそうだよ。」
「…………?」
あーあれだ。最近あんま寝てないから。
脳ミソが怒って意地悪な夢を見せてる。
今朝も電車に乗ったような気がするし、渚と話した気がするけどそれは全部夢。
「ゆ、め…なん、ですよね?」
「………お悔やみを申し上げるよ。」
「ゆめ…だよね?」
「………。」
「………。」
頭、真っ白。
猛勉強した英単語も全部忘れた。
テストをしていたことも忘れた。
フラフラした足取りで教頭に後押しされ、一階で待つ警察官の元へ歩かされた。
何を話したか、何を聞いたか覚えてない。
だって父さんと母さんが死んじゃったなんて嘘、とてもじゃないけど信じられなかった。
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