じごくのはじまり

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 非情な現実を受け入れられるようになったのは家に帰ってから。 セーラー服の璃子はまず、乾いた唇で声を出した。 「お母さん…?ただいま…?」  主婦の母は私が帰る頃にいつも玄関の鍵を開けておいてくれる。  だけど今日は何故か鍵は締まっていたし玄関の電気も消えていた。迷子の子供みたいに、おろおろして異様な風景の自宅を見渡した。  それでもすがる思いで両親に声をかけた。 「お父さん…?ほんとは、帰って来てるんでしょ?意地悪しないで…ゼリー食べたの、謝ったでしょ?」 自分の声しか聞こえない。 広すぎる我が家。 拳が白くなるほど握りしめた。 トゥルルルル 「あ!お父さんだ!」  カバンで鳴る携帯の着信画面も見ずにキーホルダーのついた折り畳み携帯を開いて耳に当てた。 「お父さん!?璃子だよ!今日は何時に帰って来られるの!?」 「…璃子ちゃん、伯父さんだよ。弟は…」 「うそ…うそよ、嘘だこんなの…」 こんなのってないよ…! 世の中わるいひとなんていっぱいいるのに。 どうして私のお父さんお母さんなの? どうして私の大切な人が奪われたの? 私が何を…したっていうのよ。  ヘナヘナってなって玄関先に座り込む。 伯父さんの声を、震える自分の声が掻き消した。話も聞かずに電話を切ると母さんの電話にかけ直す。 お願い、出て。 トゥルルルル、トゥルルルル お別れ言えてないよ。 トゥルルルル、トゥルルルル 昨日は普通に話してたじゃん! トゥルルルル、トゥルルルル 会いたいよ…会いたいよぉ…!  何時間何百回かけ直しても電話には誰も出てくれなかった。 玄関で、何時間も両親の帰りを待った。 ご飯も食べずに何時間も。 いつの間にか眠っていたみたいで…?  目が覚めた時は心配して駆けつけた伯父さんに肩を揺らされていた。 目覚めても悪夢は終わっていなかった。 「お父さんとお母さん死んじゃったの…?」 やっと、そのことに気がついた。 伯父さんは悔しそうに泣いていた。 私も泣いた。沢山、泣いた。  泣いても二人は二度と帰って来ないのに。 あの頃は、その時が人生で一番辛いって思ってた。
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