13人が本棚に入れています
本棚に追加
あと23時間55分
俺、正はきっちりとした男になりたい。
社会人になれば、きっちり5分前には待ち合わせ場所にいることが基本だ。
前持って社会人の基本を行い、前もって余裕のある行動を心がけている。
少しの遅れで人の信用をなくしてしまうこともある。
だから、きっちりするということはとても大事なことで、俺はそれを目指している。
「今、何時だ?」
デートの相手であるかなみちゃんが待ち合わせ場所にいた。ポーカーフェイスで怒っているのか、いないのかわからなかった。
かなみちゃんは白い腕時計を見て「9時55分」と答えた。
「何秒?」
「48秒」
「……48秒」
一瞬で血の気が引いた。絶望だ。
話していた秒数を差し引いたとしても俺は55分きっちりにくることができなかったのだ。
俺は地面に頭をつけて謝った。
全て赤裸々に語った。何があったのかを。
俺はだらしない男だったのだ。
金に汚いおじさんの方がよっぽどきっちりしている。俺の目指すきっちりとした人間は遠かった。
「……俺は、どうすればいい」
俺は、きっちりと約束を果たせなかった。だからデートをする資格はない。だが、約束を果たせなかったお詫びとしてきっちりとデートで償いたい。
だから、デートに誘いたい! のだが。
「俺は5分前に来れなかった。今日はもうだめだ」
まずは謝罪しなければならない。そのために花束とお詫びの手紙を、用意して、その後にかなみちゃんの気持ちを聞いて、許してくれた場合はデートに誘って、許してくれない場合は許してくれるまできっちりと謝って、それからデートにまた誘って、今度こそ余裕をもってやることをやってーー。
「そう」
そういい残して身を翻し、かなみちゃんは行ってしまう。
そうだ、こんな男とデートなんかしたいはずがない。
きっちりとしたスーツも、行く場所のプランもどの道を通っていくのかも、何時にどの場所に行くのかを秒刻みで考えたのも、デートの入門書を片っ端から読み、そわそわして眠れなかった日々を過ごすのも、全て無駄になった。
きっちりとしなかった自分の責任だ。
これを機会に自分を見つめ直そうと思う。
俺も帰路に着く。今夜は反省会をきっちりと行わなければ。
反省会の内容を考えながら歩き出す。すると、くいっと冷たい何かに引っ張られた。振り返るとかなみちゃんがまっすぐ俺の目を見つめながら、
「明日、待ってる。10時に、また」
と呟いた。
俺ができなかった再デートの約束をきっちりしてくれた。この感謝を伝えなけーー。
「……きっちり待ってる、だけで十分。ね」
再デートまであと23時間55分。
最初のコメントを投稿しよう!