【第一話】横浜ベイブリッジ

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【第一話】横浜ベイブリッジ

 ベッドの上で眠りから覚めた僕は、一瞬、不思議な感覚におそわれた。   「あれ、ここはどこなんだ??」    寝ぼけてあたりを見渡すと、見慣れない部屋の片隅に積まれたダンボールが目に入った。   「あ、そうだった。昨日、家族と一緒に神戸から横浜のマンションに引越してきたんだっけ」……と、思い出したように状況を理解した僕は、ふたたび毛布にもぐりこんで大きくため息をついた。    慣れ親しんだ神戸の街を離れ、これから横浜で暮らすのだと思うと、急に気が重くなってきたのだ。    神戸は僕が生まれ育ったふるさとだし、仲の良かった学校の友達と別れ、知らない中学に転校しなければならないのもイヤだった。  中国人の父と日本人の母との間に生まれた僕は、小学生時代からずっと神戸の中華学校に通っていたが、これからは横浜の中華学校に通うことになる。同じチャイナタウンの学校とはいっても、神戸のことしか知らない僕にとって、そこはまったく馴染みのない未知の世界。しかも、僕は横浜の中華街自体、一度も行ったことがないのだ。  だから、父の貿易会社の関係で神戸から横浜に引っ越すと聞いたとき、僕は一人で神戸に残ると言い張った。でも、14歳の僕が神戸で一人暮らしするなんてとんでもないと、母は相手にもしてくれなかった。   「だったら、京都の母さんの実家に居候させてもらって、そこから神戸の中華学校に通うよ」と僕はねばったが、母は断固として認めなかった。    という訳で、僕はしぶしぶこの横浜にやってきたのだ。いつまでも僕を子ども扱いする母も母だが、横浜に引っ越すことを決めた父にも腹が立った。    どうせ、いつも仕事で家にいないんだから、父だけ単身赴任で横浜に行けばいいじゃないか……。    そんなことをあれこれ思い出しながら、僕はムシャクシャした気分をまぎらわすようにベッドから飛び起き、窓にかかった真新しいカーテンを思い切り開け放った。  と、その瞬間、僕は眠気が一気に吹き飛んで、思わず「おお~」っと声をあげてしまった。窓の向こうに、朝日にきらめく横浜港の大パノラマが広がっていたのだ。キラキラと光る海の上を、ゆっくりと行き交う船。  1月の澄んだ青空をバックに輝く横浜ベイブリッジ。港に沿って立ち並ぶダイナミックな高層ビル……。ここはタワーマンションというだけあって、その眺めは信じられないほど素晴らしかった。  そして、眼下に広がるベイサイドの絶景にしばし見とれながら、僕はふと思った。   「横浜も、なかなかやるじゃないか」と。
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