序章 『鳳凰』

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 もじもじしながら、ほつれた髪が整えられるのを待っていたケイナは、しばらくして当初(とうしょ)の目的を尋ね直した。 「あの~、見てもらいたいものって、この地図ですかぁ?」  テーブルに広げられていたのは、この国の東側、海沿いから中央都市までの地図である。地図の周りを取り囲むように、各地からの諜報活動で集められた情報が並んでいる。  そのどれもが、喫緊(きっきん)(もよお)し『人とエルフの友好記念祭』に何かしらの形で関わっている情報だった。  まるで、気の入って無さそうな視線を落としていたケイナだったが、やがてと呟いた。 「人もお金も、おかしい気がしますぅ~」  ケイナが言うのは、人と金の流れに不自然な点の事。  シュルートにも何となく伝わったのだが、念のため確認を入れる。 「おかしいのはどの辺り?」 「えっと~」  指が示したのは、エルフ側の賓客(ひんきゃく)の送迎部隊に当てられた人員内訳(うちわけ)と、友好記念祭の名目(めいもく)の出費予算金額の二点。  答えを聞いたシュルートは、ケイナのてっぺんをくしゃりと撫でた。 「偉い偉い。そう、エルフが送ってくるのが第二王女である事は、軍に()いている者なら皆知っているはず。国賓(こくひん)扱いになるべき存在を警護するにしては、あまりにお粗末(おそまつ)な人選よ。そして、手抜きと言われてもおかしくない規模の記念祭の割りに、出費が多すぎるわ」  あ、あ、っと、髪がくしゃくしゃになるのを防ぐべく、ケイナは頭に手を当てながら質問を続けた。 「……あ、ん、この二つって繋がりあるんですかぁ? そもそも、お金って着服(ちゃくふく)目的じゃないんですかぁ?」 「二つの繋がりはわかってないわ。可能性は高いとは思うけど。着服は、そうね、考えられなくもないけど、この額は大きすぎるわ。これ全部持って行ったら幹部全員にバレちゃうわよ。リスクが大きすぎる」  髪いじりに飽きたシュルートは、大人しくケイナの隣に並んだ。 「そして、問題はこっち」  紙の丘に埋もれていた二枚を引き出して、真ん中に乗せた。  一枚は記念祭予算の水増(みずま)しと思われる項目とその額、もう一枚は軍上層部から外部、それも国外へ流れた事が濃厚な資金の詳細。もちろん、後者は鳳凰部隊が内密に収集した情報であり、他言厳禁(たごんげんきん)の極秘事項である。  実のところ、この国においては軍による国庫の着服(ちゃくふく)や悪用は珍しくない。今でこそ、国が資金難に(おちい)っているのであまり大きくは動かせないが、以前、百年ほど前はもっと派手にやっていたらしい。  情報収集を主な任務とする鳳凰隊は、その頃に創立され、当初は綱紀粛正(こうきしゅうせい)を掲げて鞭撻(べんたつ)に勤しんでいたという。しかし、当然ながら周りからは大いに(うと)ましがられ、また、調査事案も大小多岐(たき)に渡るわりに見返りが少ない事から、面倒になって積極的に取り締まらなくなっていった。  ただ、情報収集自体は続けてきたため、歴代のノウハウはこうして蓄積され、何代にもわたり有効活用されている。 「この水増し額と、使途不明金の額がほとんど一緒なのよ」  二枚の紙の最後に記されている金額に大差は無い。 「そうですね~。……でも、これの意味する所がわかりませんよぅ」  首を振ってみせるケイナ。事実を羅列(られつ)されても、それの意味することがわからなければ、その人にとっての情報の価値は無いに等しい。  
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