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お見合い
お仕事体験も翌日に迫った八月の終わり、職員室にいこうと廊下を歩いていると、真美先生と美雪先生に図書室に連れ込まれた。
真美先生が人差し指を立てると小さい声で話し始めた。
「村のお偉いさんから聞いたばっかりのビッグニュースなんですけど、斉藤さん今度お見合いするらしいですよ!」
「あっ、そうなんだ」
何故だか胸が痛んだような気がした。
「だから、斉藤さんと付き合うなら今がチャンスですって!逃げ切れるかも」と真美先生が余計なはっぱをかけてきた。
「だから、斉藤さんとはそんなんじゃないってば、打ち合わせしてるだけだから」
美雪先生は廊下を気にしながら小声で言った。
「ならいいんですけど、そのお見合いの話も要するに政略結婚で、ダム関係の。相手は前村長が隣町に持ってる牧場の地主さんの娘さんみたいですよ」
真美先生が顔を顰めた。
「前村長、自然を大切にする暮らしに急に目覚めましたよね。悪い事じゃないんだけど、自分だけでやってるならいいのに、他の村人に押し付けようと借金してまでアパート沢山建てて、あちこちに牧場と畑作るから足元すくわれるんですよね」
さっきからずっと頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けていた。痛む胸に見ないふりをして、努めて冷静に言った。
「じゃあ、そのお見合いが成立したら、前村長は急に大人しくなって、ダム問題も解決するんだね」
美雪先生は大きく頷いた。
「でしょうね、しかもそのお見合い相手の女の人の方が、斉藤さんのやってたバンドのファンだったみたいで、向こうがノリノリで。おまけに23歳で可愛い子らしいですよ」
「そっか、上手くいくといいね」
と心にもないことを言った。
真美先生が嬉しそうに立ち上がった。
「政略結婚って言葉、昼ドラ以来久しぶりに聞きました。昼ドラ一本撮れそうですよね。ダム利権で二つに割れる村。そして政略結婚、村の為に身を引く女」
「身を引く女って誰?」
真美先生が興奮して喋り出した。
「亜紀先生でしょ?二人は愛し合っていたんだけど、村の為、子供達の為に泣く泣く身を引いた」
たまらず吹き出した。
「話飛びすぎでしょうが、斉藤さんとそんな関係じゃないから」
真美先生が手を叩いて笑っている。
「その方が見てる分には楽しいから、斉藤さんと付き合って下さい」
「だから付き合う訳ないでしょ?」
「そこをなんとか」と粘る真美先生が可笑しくて美雪先生と私とで大笑いした。
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