気がついたこと

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気がついたこと

その日の晩の風呂上がり、部屋で麦茶を飲んでいたら着信音がなった。携帯を見ると斉藤君からだった。 「もしもし山浦です」「斉藤です。ちょっと相談したいことがあって、電話したんだけどいいかな?」 普通の仕事の電話だった。 一通り話した後に「斉藤さんって本当仕事熱心だね」と言うと「何でも熱中しやすいんだよ、今はもう音楽やってないから仕事に熱中してる」と彼は少し得意気に言った。 何故だかこの電話を切りたくなくて、理解していることを理解してないふりして幾つか彼に質問した。少しでも長く彼の声を聞いてたかったからだ。 本当にどうかしてる。 翌日、八月の終わりかけた水曜日。少しずつ夏の弱さが収まってきた。朝九時、涼しい風が校舎内に吹き込む。 今日からお仕事体験が始まった。計画した通りに順調に過ぎていく。 私も子供達の写真を撮りにその都度お邪魔して、様子を眺めていた。 ダム内の管理棟では斉藤さんが直々にダムの漫画まで描いてきて、子供達に熱心に説明していた。 その様子を見て気がついてしまったことがある。 きっと私は斉藤さんのこと好きなんだろう。 口に出す事はできないけれど、あの人のことが好きなんだ。 三日目の金曜日の午後三時、全ての日程が終わり子供達全員で斉藤さんにお礼を言って解散になった。 澄み渡るような青空の下、子供達が元気に帰るのを見届けると「斉藤さん、色々ありがとう。本当に充実したお仕事体験になりました」とお礼を言った。 「いやいや、こちらこそ僕がやりたかったことをやらせて貰って本当にありがとう。亜紀先生が担任の先生で良かった」と頭を下げられた。 「じゃあ、また後日子供達とお礼状持っていくから、また何かありましたら連絡ください」と挨拶をして、役場を後にし、コミュニティセンターを通り抜けた。 終わっちゃった、これで斉藤さんと関わる機会もなくなってしまう。 二人で打ち合わせをしたテーブルの横を寂しさが通り抜けていく。 仕方ないじゃん、そう思いながらも小学校へと戻った。     
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