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光属性の男子高校生
七時近くになった頃、せわしない音で玄関を開閉し、勢いよく階段を降る。そしてエントランスを抜け、車へと乗り込みエンジンと共に黒いワゴンが動き出す。
お隣さんの忙しそうな毎朝を、コーヒー片手に窓から眺める。なんとなく続いている毎日の日課だ。特に深い意味などはない。
実際、わたしはお隣さんに詳しくない。ファミリーで住んでいることは確かだが、名前すらわからない。
ただ、コーヒーの時間に、たまたま隣の部屋へいることが多いから、目に入るだけ。
もうすっかり慣れた六畳の二部屋と、十二畳のリビングダイニング。風呂は追い炊き付きだし、トイレの便座だって温機能付き。
そしてなにより、猫と暮らせる一人暮らし。
ペット看護師として新卒で入り、実家から連れてきた愛猫ミーヌと夢の一人暮らし――――と思いきや、半年で退社してしまった。
それから六年。入社と退社を繰り返し、学んだことは。
「人、無理かも」
ということ。
上司がいい加減だな、とか。あの人の言うこと納得いかないな、と真面目で不器用なわたしが到達したのは、なんだか一周回って、人って難しい。疲れる。関わりたくない。
つまり、人間関係に嫌気がさした。いや、社会不適合者なのだろう。だって、皆は我慢出来ていることなんだから。
それに気が付いたわたしは、人と接することに臆病になっていた。だって、結果が見えている気がして。
半年前に貯金も底をつき、親からの仕送りで生活しているという…………なんとも底辺のすることだ。
自覚もあるせいで、余計に負い目を感じ、友人とも疎遠になっていく負の連鎖。
現在、その真っ只中。
毎日、やることがないけど代わりに時間が無限にあるので節約に自炊をしてみたり、近所の小学校のチャイムをぼんやり聞いたり、猫が窮屈そうなら散歩がてら駅まで歩いたり。
購入はしないけれど、雑貨屋で商品を見て回ったり。
おしゃれも気軽に出来ないので、二つの服を毎日着まわしている。髪も気になれば自分で切ってみて、化粧も滅多にせず、マスクで過ごしている。
時間ばかり潰しているようだが、身体的には健康そのものだし、精神的には少々アレだが働いていたときよりも気分は晴れ晴れとしていた。
散歩がてら知らない道を歩いてみた。スマホを片手にしていれば迷っても心強かった。
「へー、こんなところに保育園が」
恐らく、何の役にも立たないが、意外な発見もあったりして楽しい。
ふらふらと十五分くらいした頃、最寄りの駅に着いた。
先週も来たので、特に代り映えしないが本屋で立ち読みしてみたり、疲れたら休憩し服や小物を眺める。
食品店でお買い得商品を眺め、安ければ買う。
夕方。昼を抜いていたのでそろそろ腹の虫が騒ぐ頃。
歩いて帰ろうかと一歩、外に出れば夕立が地面を濡らしていた。
「げ。お金かかるけど……」
視線を傘売り場へ向けてから、バス停を眺める。
「買うより安いか」
バス停は帰宅ラッシュで混雑していた。
自宅のバス停留所をいくつか探し、一番空いていそうな最後尾へ。
夕方だからか、高校生が目立つ。
真っ白なシャツが、ブレザーや捲られたスカートが。やけに青春を思い出させて、あの、ちっぽけな悩みしかなかったわたしを思い出させて、自然と視線を逸らす。
「……雨が似合うなあ」
気が付けば、そう漏らしていた。
自宅付近のバス停の先に団地やマンションなどが多いせいか、下校途中の学生も多い。
「小学校前で」
乗り込むときに運転手へ伝えれば、無言で料金を表示してくれた。
ICカードをかざして二人席へ。
乗り込む乗客が少ないせいか、隣には誰も座らなかった。
車窓を眺めている内に、小雨になったらしく、小走りで帰ればそれほど濡れないかも。などと考える。
ほどなくして、目的のバス停がアナウンスされ、停車ボタンを押す。迷惑にならないよう、迅速に停車。
降りてから、あれ、と思った。
このバス停で下車する人はあまりいないらしく、たいていわたし一人だが、今日はもう一人いたらしい。背後の足音で気が付いた。
が、特に気にすることなく足早に道路を横断し、少し細めの脇道へ。
「――――の。あの!」
水溜りをびちゃびちゃと足音が。か細い声と共に追って来ている気がして、思わず立ち止まり、振り返った。
わたしよりも幾分か背の高い、曇りのせいか、雨のせいか。妙に色っぽい男子高校生が視線を彷徨わせながら、そこにいた。
「……あ、え…………と?」
何だろう。わたしか? 別の方かな? 等と辺りを見回さなくても、わたしと男子高校生しかここにはいない。
呼び止めておきながら、言葉が出ないらしく、口を動かしては閉ざしてしまう。
黒く、綺麗に揃えられた髪から雫が落ち、皺ひとつないシャツに雨が染みていく。きっちりと締められたベルトからは長い脚が伸びる。綺麗に使っているらしいローファー。嗚呼、なんて羨ましくて恐ろしい。
「……道、ですか? どこへ」
行きたいんですか。そう投げかけたかった言葉は、男子高校生によって遮られた。
「こ、これ! あ、明日、待ってます!!」
そこそこの声量と共に、強く俯く勢いそのまま、胸元へ突き出された真っ白な封筒を、反射的に手にしてしまった。
その瞬間、弾かれたように、高校生が走り出す。
もちろん、わたしとは真逆に、だ。
一瞬見えた真っ赤な表情から、追いかける選択はすぐに消えた。
その様子をぼー然と眺めた数分後。
あ、これ……もしかして、と数年ぶりに頬を染めた気持ちの悪いわたしに気が付いた。
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