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「神野くん、このコーヒー香り高いよ」
「ここではカフェって言ってくださいよ。てか秋山さんコーヒー飲めましたっけ」
「そりゃあもう社会人だからね。飲まなきゃやってらんないよ」
「深夜残業の話はやめてください」
秋山さんは湯気の立つカフェを一口啜り、カップを置いて「おいしい」と柔らかく微笑んだ。それを見て、今日ここに誘ってよかったと思う。
けど、今日の目的は彼女の笑顔を見るためじゃない。
「神野くん、このお菓子もなんだかよくわかんないけど美味しいよ」
「この世の美味しいものって大体なんだかよくわかんないですよね」
「確かに。それなら私はこのお菓子のことを理解せずともこの幸せを享受してもいいということね」
「そうです。思う存分幸せになってください」
僕の言葉を聞いた秋山さんはまた笑う。この笑顔が見られるだけで幸せだ、なんて。
そんな風に言いながら僕はずっと逃げてたんだ。
でも、それも今日で終わり。
「そういえば秋山さん」
「ん、どうしたの神野くん」
僕が名前を呼ぶと、彼女は口につけたカップをソーサーの上にゆっくりと戻す。
ちらりとそのカップを見れば、彼女のカフェは半分も残っていない。残り時間はかなり少なくなっている。
「ふと思い出したんですけど」
この気持ちは次のステージには持ち越せない。
それなら言わなきゃ。彼女がまだ僕と同じ場所に立っている間に。
「――言い忘れてたことが、あります」
彼女がまだプティフールを楽しんでいるうちに。
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