オリヴィアと一緒の朝

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オリヴィアと一緒の朝

 アルベンス伯爵邸での騒動から二日後。  青く晴れ渡る空の下、朝のロームルス学園に、賑やかな男女の声が響いていた。 「学校じゃ! 学校じゃ! 楽しい楽しい学校なのじゃ!!」 「ちょっとウルリカ! あんまり走ると転びますわよ!」 「大丈夫なのじゃ! 平気なのじゃ!」 「相変わらずウルリカ嬢は元気だな! 素晴らしいことだ!」 「いや、あれは元気すぎるだろ……」  元気いっぱいに走り回るウルリカ様。そんなウルリカ様を、下級クラスの仲間達は優しく見守っている。ロームルス学園ではすっかり恒例となった、下級クラスの登校風景だ。  そしてもちろん、その中には──。 「待ってくださーい! ウルリカ様ー!」  ウルリカ様を追いかける、以前と変わらないオリヴィアの姿もあった。  朝から騒がしく走り回る、いつも通りのウルリカ様とオリヴィアの二人である。 「無事にオリヴィアさんが戻ってきてくれて、本当によかったですね」 「ええ、これもヘンリー達の協力のおかげですわ」 「いえいえ、ボクはなにもしていませんよ。オリヴィアさんの居場所を調べたのは、ベッポとシャルルですよ」 「なにを言う! ヴィクトリア様とエリザベス様を止めてくれたのは、他ならぬヘンリーではないか!」 「えっ……お母様とお姉様を止める……?」 「あー……ヴィクトリア様はアルベンス伯爵に、とんでもない額の税金をかけようとしまして……。エリザベス様は騎士団を率いて、アルベンス伯爵領に殴り込もうとしたんですよ……」  ヴィクトリア女王もエリザベスも、生徒のためならついやりすぎてしまう、ある意味で素晴らしい先生達なのだ。  しかし、母と姉のやりすぎな話を聞かされたシャルロットは、「お母様……お姉様……」と、少しげんなりしてしまう。  そこへ、元気に走り回っていたウルリカ様が、勢いよく飛び込んでくる。 「なにをしておるのじゃー! 早く学校に行くのじゃー!」 「はぁ……はぁ……。ウルリカ様……待ってくださいぃ……」  追ってきたオリヴィアは、走り回ったせいで汗びっしょりだ。すっかり顔を青くして、フラフラと地面に膝をついてしまう。  すると、膝をついたオリヴィアの肩のから、小さな黒い影がピョンッと飛び降りる。 「ニャッ!」 「あっ、カーミラちゃん!」  黒い影の正体は、アルベンス伯爵領でオリヴィアの友達になった、黒猫のカーミラだ。  器用にオリヴィアの肩に乗っていたカーミラは、オリヴィアが膝をついた拍子に、地面に飛び降りたのである。 「おや、カーミラなのじゃ」 「ウルリカさんに助けてもらった猫ですね、すっかり元気になりましたね!」 「ん? ナターシャ嬢よ、ウルリカ嬢に助けてもらった猫とは……?」  疑問を口にしたシャルルと同様に、ベッポとヘンリーも首を傾げている。アルベンス伯爵領でカーミラと出会っていない男子達は、カーミラの存在を知らなかったのだ。 「この猫はカーミラちゃんという名前で、アルベンス伯爵領にいる間に、私のお友達になってくれたのです。でもアルベンス伯爵のせいで、一時は死にかけてしまって……」 「ボロボロでグッタリしていて、凄く弱っていましたよね……」 「カーミラは悪魔と吸血鬼の血を移植されておっての、そのせいで治癒魔法は使えんかったのじゃ。そこで妾の出番じゃ」  そう言うとウルリカ様は、白い歯を見せて笑顔を浮かべる。ニヤリと笑った口元からは、鋭い牙が二本、チラリと顔を覗かせている。 「カーミラに妾の血を分けて、妾の眷属にしたのじゃ。つまり、完全な吸血鬼に変化させたのじゃ!」 「「「完全な吸血鬼!?」」」  完全な吸血鬼と聞いて、男子三人は声を揃えて驚いてしまう。しかしそれも無理はない、まさか猫を完全な吸血鬼にしてしまうなどとは、誰にも予想出来はしないのだ。 「あの時はワタクシも、本当に驚きましたわ。だってウルリカったら、カーミラを抱き寄せたと思ったら、突然噛みついたのですもの」 「思いっきり噛みついていましたよね。ウルリカさんはカーミラを、食べちゃうんじゃないかと心配しました」 「噛みつくことで吸血鬼は、血を分けて眷属を増やせるからの。カーミラは妾の眷属となったことで、不死の吸血猫となったなのじゃな」 「カーミラちゃんを助けてくれて、本当にありがとうございました」 「ニャォン!」  お礼を言いながらオリヴィアは、愛おしそうにカーミラを抱き寄せる。一方のカーミラも、心から信頼した様子でオリヴィアに顔をすり寄せる。  和やかな雰囲気の中、ウルリカ様はハッとなにかを思い出して、両手でポンッと音を立てる。 「そうじゃリヴィ! 約束通り、今日のクッキーは二倍じゃからな!」 「はいっ、任せてください!」 「二倍? ウルリカさん、クッキー二倍とはなんのことでしょう?」 「うむ! 勝手に妾達の元からいなくなった、オリヴィアへの罰なのじゃ。今日は妾に、いつもの二倍クッキーを作らなければならないのじゃ!」 「実はワタクシも、クッキー作りをお願いしましたのよ!」 「私もお願いしました、これは心配をかけた罰なのです!」  ウルリカ様の言葉からも、シャルロットやナターシャの言葉からも、オリヴィアを責めようという感情はまったく感じられない。口では「罰」と言いながら、三人の言葉はオリヴィアへの愛情でいっぱいだ。 「ではオリヴィアさん、ボクもクッキーをお願いしていいですか?」 「えっ、ヘンリー様もですか?」 「ええ、ボクも心配をしましたからね」 「ならば自分にもクッキーを作ってくれ! 自分も凄く心配したからな!」 「じゃあ俺にも頼むよ、それで今回のことは許してやるさ」 「シャルル様……ベッポ様……」  ヘンリーやシャルル、ベッポの言葉からも、もちろんオリヴィアを責めようという感情はまったく感じられない。下級クラスの全員で、ニッコリと優しい笑顔をオリヴィアへと向けている。  “罰”とは名ばかりの優しい言葉の数々に、オリヴィアの瞳からウルウルと涙が溢れてくる。 「みなさん……本当にありがとうございます……」 「リヴィはクッキー作りで大忙しじゃな! これではもう、勝手にどこかへ行く暇はないのじゃ!」 「もちろんです、もうどこにも行きません!」 「うむ! では妾達のクッキー、楽しみにしておるからの!」 「はいっ、喜んで!」  こうして下級クラスに、オリヴィアと一緒の平穏な朝が戻ってきたのだった。
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