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オリヴィアの手紙
時間は少し経ち、ここは教室塔の二階。
広い大教室に、下級クラスの六人は集まっていた。
「──というわけで、朝起きた時には、すでにオリヴィアはいませんでしたのよ」
「オリヴィア嬢の結婚か……信じられない……」
「ええ……オリヴィアさんはまだ十四歳ですよね、結婚するにしても早すぎますよ……」
「それに、突然いなくなるなんて……オリヴィアはどういうつもりなんだ?」
オリヴィアが突然いなくなったことを聞かされて、男子三人は驚きを隠せないでいる。
しんみりとした雰囲気の中、シャルロットは一通の手紙をとり出す。
「事情は説明した通りですわ。そして、集まってもらった理由はこれですの」
手紙の表には、可愛らしい文字で“結婚します、今までお世話になりました”と書かれている。オリヴィアの残していった、お別れの手紙である。
「その手紙は……オリヴィアさんからの手紙ですかね? 内容は?」
「まだ読んでいませんわ」
「読んでいない? どうして読まないのです?」
「宛名に“ウルリカ様とクラスのみんなへ”と書いてあるからですわ」
“クラスのみんなへ”の宛名を見たシャルロットは、下級クラスの全員が揃うまで、手紙を読まずに待っていたのだ。
「では全員揃ったので、読みますわね」
全員の注目の集まる中、シャルロットはゆっくりと手紙をひろげる。
「ウルリカ様とクラスのみんなへ──」
──ウルリカ様とクラスのみんなへ。
突然のお別れとなってしまい、本当にごめんなさい。
急な話ですけれど、私は結婚することになりました。
この手紙を書く少し前に、実家から一通の手紙が届きました。
実家からの手紙には、とある領地の領主様との、縁談のお話が書かれていました。
癒しの聖女と呼ばれていた私に、領主様は興味を持たれたそうです。そして、縁談の話が持ちあがったそうです。
私の実家は、没落した元貴族の家です。
両親はすでに亡くなっており、家のことは叔父に管理してもらっています。
手紙の差出人は、その叔父でした。今回の縁談に、叔父はとても喜んでいました。
領主様との縁談が成立すれば、家の再興に繋がるかもしれないからです。
叔父にはとてもお世話になりました、いつか恩返しをしたいと思っていました。
だから私は、今回の縁談をお受けすることで、叔父に恩返しをしたいと思っています。
結婚は明後日です。明日の早朝には、迎えの者が来るそうです。
急なお話で、私も驚いています。
私は今、急いでこの手紙を書いています。
読み辛いところがあったら、ごめんなさい。
クラスのみんな。
こんな私を友達と呼んでくれて、生徒ではない私をクラスメイトのように扱ってくれて、本当に嬉しかったです。
シャルル様。
いつも優しい言葉をかけてくれました、とても救われました。
ベッポ様。
仲よくしてくれるようになって、心から感謝しています。
ヘンリー様。
困っていると声をかけてくれて、いつも嬉しかったです。
シャルロット様。
身分違いの私と友達になってくれて、本当にありがとうございました。
サーシャ。
私のことをリヴィと呼んでくれてありがとう、あなたは私の親友です。
そしてウルリカ様。
ウルリカ様と出会ってから、私は最高に幸せでした。
ウルリカ様と過ごした日々は、本当に楽しかったです。
ウルリカ様のためにクッキーを焼けなくなると思うと、とても寂しいです。
ロームルス学園での生活を、どうか楽しんでください。世界を滅ぼさないようにしてください。
ごめんなさい。たくさん書きたいことはあるけれど、もうすぐお迎えの時間です。
私は学園を去るけれど、どこかで会うことがあれば、友達と呼んでくれると嬉しいです。
みんなと出会えて、私は幸せでした。
幸せな時間を、ありがとうございました──。
「──オリヴィアより……」
最後の一文を読みあげて、そっと手紙をとじるシャルロット。瞳からはポロポロと、涙がこぼれ落ちている。
手紙を聞いていたナターシャは、涙で顔がぐしゃぐしゃだ。
「そうですか……オリヴィアさんは、ご実家のために結婚をするのですね」
「しかし、本当にいいのだろうか? オリヴィア嬢の意思はどうなるのだ?」
「でもオリヴィアの決めたことだ、俺達が口出ししていいのか……」
「「「「「……」」」」」
シンと静まり返る大教室。
そんな中、じっと黙っていたウルリカ様は、突如として叫び声をあげる。
「嫌じゃーっ!!」
あまりにも大きな声量に、室内の空気はビリビリと震えあがる。声と同時に放たれた魔力で、窓ガラスは粉々に砕け散る。
叫び声をあげただけで、とてつもない被害の大きさだ。
「嫌じゃ! 絶対に嫌なのじゃ! いーやーじゃーっ!!」
ウルリカ様の駄々は止まらない。
ブンブンと両腕を振り回し、ダンダンと足を踏み鳴らす。衝撃で床はひび割れ、教室塔は激しく揺れ動く。もはやちょっとした災害である。
「リヴィはずーっと、妾のそばにおるのじゃ! なぜなら妾は、リヴィのことを大好きだからなのじゃ!!」
「ウルリカ、ちょっと待って──」
「待たないのじゃ! 今すぐにリヴィを連れ戻すのじゃ!!」
そう言うとウルリカ様は、教室中に魔力を解き放つ。なにやら大量の魔法陣を浮かびあがらせて、凄まじい魔力の波動だ。
と、その時──。
「待ってウルリカ、落ちついて! このままだと教室塔を壊してしまいますわ!!」
「そうですよ! まずはリヴィの居場所を突きとめないと!!」
「む……むうぅ……」
シャルロットとナターシャにおさえられて、ウルリカ様はしゅんと落ちつく。しかし、ウルリカ様の魔力によって大教室はすっかり荒れ放題だ。
割れた窓からヒュウヒュウと風の吹く中、男子三人は一斉に立ちあがる。
「分かった、三人はオリヴィアを連れ戻してきてくれ。オリヴィアの行き先は、うちの商会で情報を集める」
「だったら自分も手を貸そう! 自分の実家は教会だからな、独自の情報網を持っている!」
「ではベッポとシャルル、すぐにオリヴィアさんの行き先を調べてください。ウルリカさん達は、オリヴィアさんを連れ戻す準備です」
「う……うむ?」
突然の事態に、キョトンとしてしまう女子三人。対照的に男子三人は、テキパキと動きだしてしまう。
「俺達だって本心は、オリヴィアを連れ戻したいんだ。でもここは三人に任せるよ」
「そうだな! オリヴィア嬢を連れ戻す役は、一番の友達である三人に任せる!」
「オリヴィアさんの居場所は、ベッポとシャルルで調べます。そして学校のことは、ボクに任せておいてください。ヴィクトリア様もエリザベス様も、ボクから説得しておきますので」
オリヴィアを連れ戻したいという思いは、クラスの全員が同じなのだ。みんなの思いに背中を押されて、ウルリカ様はパァッと笑顔を浮かべる。
「分かったのじゃ! 必ずリヴィを連れ戻すのじゃ!!」
こうして下級クラスの六人は、オリヴィアを連れ戻すべく行動を開始するのだった。
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