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アルベンス伯爵
月明りに怪しく輝く、アルベンス伯爵邸。
叔父に連れられてオリヴィアは、ゆっくりとバラ園を歩いていく。
黒いドレスを着て、黒猫カーミラを抱えて歩くオリヴィア。全身黒ずくめの恰好は、今にも夜の闇に溶けてしまいそうだ。
妖艶に咲くバラの通路を抜け、辿りついた場所は円形の開けた広場である。
広場の中央には、一人の男が静かに佇んでいた。
「伯爵様、お待たせいたしました」
待っていた男へ向かって、叔父は深々と頭を下げる。一方のオリヴィアは、「えっ」と驚いた声をあげる。
伯爵と呼ばれた男は、どう見ても二十代前半の若々しい青年だったのだ。伯爵のことを年配の男性だと聞かされていたオリヴィアが、驚くのも無理はない。
紫色の燕尾服を着たその男“アルベンス伯爵”は、ゆっくりオリヴィアの前へと歩いてくる。
長い前髪の隙間から、怪しく光る目で興味深そうにオリヴィアを見つめる。
「ふむ……聖女とは貴様のことか……」
「あ……あの……?」
アルベンス伯爵の放つ形容しがたい威圧感で、オリヴィアはまともに話すことも出来ない。
そんな中、叔父はペコペコと頭を下げながら、アルベンス伯爵へすり寄っていく。
「約束通りオリヴィアを連れてまいりました、これで家の復興に力を貸していただけるのですよね?」
「……」
「あの、伯爵様? 聞いておられますか?」
「……黙れ……」
不機嫌そうに声をあげるアルベンス伯爵。次の瞬間──。
「えっ──うぶぇっ!?」
濁った声を残して、その場から姿を消してしまう叔父。まもなく少し離れた場所から、激しい落下音が聞こえてくる。
よく目を凝らすと、そこには血まみれの叔父がグッタリと転がっている。
「えっ……叔父さん!?」
「下等種族め、軽々しく我に近づくな……」
血まみれで動かない叔父を、忌々しそうに睨みつけるアルベンス伯爵。
「貴様は用済みだ、さっさと息の根を止めてやろう──」
「止めてください!」
危険な気配を察知したオリヴィアは、慌ててアルベンス伯爵の腕にしがみつく。
しがみつかれたアルベンス伯爵は、叔父の方からオリヴィアへゆっくりと視線を移す。冷たい氷のような、殺気のこもった視線だ。
「……生贄風情が、邪魔をするな……」
「えっ……きゃぅっ!?」
悲鳴をあげ、ゴロゴロと地面を転がるオリヴィア。アルベンス伯爵のなんらかの力によって、弾き飛ばされてしまったのだ。
黒いドレスは引き裂かれ、白い肌と真っ赤な鮮血が月明りに照らされる。
「はぁ……はぁ……」
「ん? まだ意識があるのか、少し手加減しすぎたな……」
「伯爵様……どうしてこんなことを……?」
「クククッ……いいだろう、殺す前に教えておいてやる」
目を見開き、両腕を広げるアルベンス伯爵。放たれる禍々しい魔力に、周囲は暗く満たされていく。
「貴様をここへ呼んだ理由は、とある儀式の生贄とするためだ。結婚のためなどではない」
「生贄……叔父と私は生贄……?」
「それは違う。貴様の叔父は家の復興のために、貴様の命を差し出したのだ」
「……え?」
「貴様を生贄とすることも知っていた、その上で貴様を我の元まで連れてきたのだ」
「そ……そんな……」
騙されたことを聞かされ、オリヴィアは膝をついて泣き崩れてしまう。
一方のアルベンス伯爵は、禍々しい魔力に身を包み、その姿を変化させていく。
「まもなく深夜だ……時間になれば儀式を開始する、そこで貴様の命を使わせてもらう……」
「アルベンス伯爵……あなたは一体……」
「クククッ……貴様は“悪魔”という存在を知っているか?」
色白の肌には黒い紋様が走り、頭の両脇からは捻じ曲がった二本の角が生えてくる。
「さあ聖女よ、命を捧げる時間だ」
そして、アルベンス伯爵邸の時計が、深夜を知らせる鐘を鳴らす。
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