涙の再開

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涙の再開

 魔王の怒りに触れた悪魔は、人間界から姿を消し、ウルリカ様だけをポツンと残して、バラ園は静寂に包まれる。  月明りに照らされながら、一人静かに佇むウルリカ様。その耳に、聞き馴染みのある声が聞こえてくる。 「──リカ様──!」 「うむ?」 「ウルリカ様!」 「リヴィ!」  声の主はオリヴィアだ。勢いよくウルリカ様の元へと駆け寄って来る。傷を負っていることも、すっかりと忘れてしまっているようだ。 「ウルリカ様―!!」 「リヴィー!!」  二人はギュッと抱きしめあい、お互いの存在をしっかりと確認する。  小さなウルリカ様を抱いて、ポロポロと涙を流すオリヴィア。ウルリカ様もわんわんと泣きながら、オリヴィアに力いっぱい抱きつく。 「リヴィなのじゃ! 妾のリヴィなのじゃ!」 「ウルリカ様……」 「寂しかったのじゃ! リヴィがおらんで、とても寂しかったのじゃ!!」 「うぅ……ゴメンなさい……ウルリカ様……」  掠れるような小さな声で謝るオリヴィア。しかし──。 「いいや、許さんのじゃ!」  謝られたウルリカ様は、ぷんっとそっぽを向いてしまう。  ほっぺたをプクーッと膨らませて、もの凄くお怒りの様子だ。 「リヴィは妾の一番のお友達なのじゃ。だというのに、勝手に妾の元から去りおって!」 「あの……本当にゴメンなさい……」 「むうぅーっ! 許さんのじゃーっ!!」  顔を赤くして、プンプンと怒るウルリカ様。タンタンと地面を踏み鳴らして、ブンブンと両腕を振り回して、なんとも手がつけられない。 「ほらウルリカ、ちょっと落ちついて!」 「むうぅ! むうぅーっ!」  駆け寄ってきたシャルロットの手で、ウルリカ様はようやくオリヴィアから引き剥がされた。かと思いきや、小さく丸くなってスンスンと泣き出してしまう。  そこへナターシャもやって来て、シャルロットと一緒にウルリカ様を撫でてあげる。静寂から一転して、バラ園は大騒ぎだ。  そんな中、オリヴィアは再び、掠れるような小さな声をあげる。 「シャルロット様……サーシャ……心配をかけてゴメンなさ──」 「いいえ、許しませんわよ!」 「私だって許しません!」 「……えっ!?」  シャルロットとナターシャまで、プンプンと怒り出してしまう。よく見ると二人の目には、ウルウルと涙が溜まっていた。 「突然友達がいなくなって……とても寂しかったですわ!」 「私だって寂しかったです! 心配だってしたんです!」  いよいよ我慢出来なくなり、シャルロットとナターシャは、わんわんと泣き出してしまう。それを見たオリヴィアの目からも、大粒の涙がボロボロと溢れてくる。 「本当にゴメンなさい……もう二度と、友達の元から黙って去るようなことはしません……」  膝をついて泣き崩れるオリヴィアを、シャルロットとナターシャは、左右からそっと抱き寄せる。 「私は……みなさんとお友達になれて、本当に幸せです……うぅ……」 「ワタクシだって……オリヴィアとお友達で幸せですわ……」 「私もです……だがらもう二度と、黙っていなくならないでくださいね……」 「はい──痛っ!?」  抱きしめられた拍子に、オリヴィアは苦痛の声をあげる。  声を聞き、慌てて離れるナターシャ。その手には、ベッタリとオリヴィアの血がついていた。 「ゴメンなさいリヴィ! 怪我をしていることを忘れていました!」 「ケガじゃと!?」  ケガと聞いたウルリカ様は、泣くのを止めて素早く起きあがると、オリヴィアのケガを確認する。  と同時に、ケガをしている箇所にそっと魔力を集中させていく。温かで柔らかい癒やしの魔力だ。 「デモヒールなのじゃ!」  ウルリカ様の治癒魔法で、オリヴィアのケガはあっという間に治ってしまう。  ケガの治ったオリヴィアは、しかしなにやら、慌てた様子で立ちあがる。 「忘れてました! 私よりも、叔父とカーミラちゃんの方が酷いケガなのです!」  オリヴィアは顔を青くしながら、バラ園の外へと目を向ける。叔父とカーミラを寝かせてある場所だ。  暗がりの中で、血まみれの叔父はぐったりと横になっている。残念ながら、もはや手遅れの状態か……と思いきや──。 「ぐうぅ……ぐうぅ……」 「あちらの方、いびきをかいていますわね……」 「血まみれなのに……丈夫な体なのですね……」  どうやら叔父は、いびきをかいて寝ているだけのようだ。  叔父の様子にホッとしたのもつかの間、オリヴィアはハッとして、カーミラの元へと駆け寄る。 「カーミラちゃん! カーミラちゃん!!」  オリヴィアに抱きあげられたカーミラは、ゆっくりと浅い呼吸を繰り返すだけだ。伯爵の魔力でズタボロにされ、見ているだけで痛々しい。 「カーミラちゃんって、この猫のことですか?」 「はい……お屋敷にいる間に、お友達になったのです……」 「可愛い猫ちゃんですわね、でも……」 「うむ、命が尽きようとしておるのじゃ……」 「すぐに私の治癒魔法で回復させます! えっと……杖は……」 「待つのじゃリヴィ」  治癒魔力をかけようとするオリヴィアから、ウルリカ様はカーミラを取りあげる。 「ふむ……この猫からは、悪魔と吸血鬼の匂いがするのじゃ」 「そういえば伯爵は、『悪魔と吸血鬼の血を移植した、実験動物』だと言っていました──」 「吸血鬼の血も交じっておるなら、治癒魔法は使えんのじゃ」 「そんなっ……!」  吸血鬼に対して、治癒魔法は逆効果に働く。そのことを思い出して、オリヴィアの表情は絶望でいっぱいだ。  そんなオリヴィアに、ウルリカ様は静かに問いかける。 「リヴィはこの猫を助けたいのじゃな?」 「はい……友達ですから……」 「妾なら、この猫を助けることも出来るのじゃ」 「ほっ、本当ですか!?」  コクリとうなずくウルリカ様。そして「ただし条件があるのじゃ」と話を続ける。 「この猫を助けたいのならば、ここで誓うのじゃ。もう二度と、友達の元を勝手に離れてはならんのじゃ」 「はい、もちろんです!」 「この猫も、妾達も友達じゃからな!!」 「友達です!」  力いっぱいにうなずいて、誓いを立てるオリヴィア。その姿を見て、満足そうにニッコリと笑ったウルリカ様は。 「さて……」  小さくつぶやくと、カーミラをそっと抱き寄せる。  そして──。
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