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「ネコミネイター オマエノ ニンムハ ワカッテイルナ？」
ファザーコンピューターの問いに、ネコミネイターは頷いた。
「わかってますニャ。能美家の歴史の分岐点となった時代にタイムスリップし、ターゲットを抹殺しますニャ」
「タノンダゾ ノウミケ サエナケレバ シオングンハ イマノ イキオイヲ ウシナウ」
スペースコロニーへの宇宙移民が始まって半世紀あまりが過ぎた宇宙世紀0079年。コロニーのサイド３が突然、シオン公国を名乗り連邦政府に対し独立戦争を挑む。開戦から半年が経過し、戦争は膠着状態に陥っていた。
連邦軍は、この状況を打破すべく、最高クラスのＡＩであるファザーコンピューターを起動させた。すると、ファザーは即座に解答する。
「シオンコウコクヲ シハイ シテイルノハ ノウミケダ。カコノ ジダイニイキ ノウミケ ハンエイノ イシズエヲ キズイタモノヲ マッサツセヨ」
さっそく連邦軍は、計画を実行に移した。すでにタイムマシン開発には成功している。あとは、エージェントを飛ばすだけだったが……ここで、ひとつの問題が生じる。
タイムマシンが時代の壁を超えて送り出せるのは、生物と単純な材質で構成された物質のみであった。複雑な仕組みの機械を過去の時代に持ち込もうとすると、タイムマシンに拒否されてしまう。
しかも、人間ではタイムスリップの際に受ける衝撃に耐えられず、全身の細胞が崩壊してしまうのだ。
そこで、連邦軍は究極の生命体を作り上げた。人間よりも優れた知能を持ち、恐竜よりも強い肉体を持った人造の猫型生物……それこそが、ネコミネイターである。
ネコミネイターの見た目は、二メートルほどの巨大な白い猫だ。しかし戦闘能力は高く、アフリカ象でさえ倒せるのだ。しかも二足歩行が可能でＩＱは二百近くあり、肉球のついた前足で物を掴むことも可能である。さらに、世界に存在する数百種類の言語を話すことが可能だ……「ニャ」という訛りがあるのが欠点だが。
この最強生物ならば、任務を遂行できるであろう。
さらに連邦軍は、ネコミネイターに写真を持たせた。標的の写っているものである。電子機器は持ち込めないが、紙の写真ならばタイムマシン内にも持ち込めた。
「ネコミネイターヨ カナラズヤ ノウミケヲ ホロボスノダ」
「了解ですニャ。必ずや、任務を遂行してみせますニャ」
・・・
「ここが日本かニャ。それにしても、ずいぶんと文明の遅れてる世界だニャ。昭和とは、とんでもない時代だニャ」
周りの風景を見回し、ネコミネイターはため息を吐いた。木製の電柱が建ち並ぶ道路、土管の並べられた空き地、どこからともなく聞こえてくる、ラッパのような音色……彼の生きていた時代とは、まるで違う。
しかも、この任務にはタイムリミットがある。あと十五分以内に標的を抹殺し、この空き地に速やかに戻りタイムマシンに乗りこまなくてはならないのだ。
でなければ、タイムマシンは亜空間の重圧で潰されてしまう。そうなった場合、この原始的な時代で残りの生涯を終えなくてはならないのだ。それは、もはや死刑にも等しい。
ネコミネイターは、ターゲットの写っている写真を見た。家族で写したものだろう。ターゲットの父親と母親らしき人物も、背後に写っている。三人家族なのだろうか。
全員、満面の笑みを浮かべていた。
「とにかく、さっさとこいつを見つけるニャ」
ネコミネイターは気持ちを切り替え、行動を開始した。木造の家屋が建ち並ぶ道路を、静かに歩いていく。
が、途中でトラブルが起きた。ネクタイを頭に巻いた男が、奇怪な歌を唄いながら歩いて来るのだ。
な、なんだニャ？
あいつ、ドラッグでもやってるのかニャ？
どうすべきか、ネコミネイターは迷った。殺すのは簡単である。一秒あれば、死体に出来る。だが、余計なことをするとタイムパラドックスを起こしかねない。
やはり、戦いは避けるべきだろう。ここは、人形のふりだ。ネコミネイターは立ち止まり、一切の動きを止めた。
「あっれえ？ でっけえぬいぐるみだなあ？」
男は、不思議そうにこちらを見る。アルコールの匂いが凄い。この男、昭和の日本によくいた酔っ払いだ。
「なんか持って帰りてえ気分だけどな、デカすぎるからまた今度にするか」
酔っ払いはげらげら笑い、ご機嫌な様子で奇怪な歌を唄いながら、千鳥足で歩いていく。ネコミネイターは、ホッと胸を撫で下ろした。
余計な時間を使ってしまった。あと五分以内にターゲットを抹殺し、速やかに空き地に戻らなくてはならない。
やがて、ネコミネイターは立ち止まった。目の前には、一軒家がある。二階建ての木造で、入口には「能美」という表札がかけられていた。見た目は、ごく普通の中流家族が生活している家屋、といった雰囲気である。後の時代に、スペースコロニーを統治し地球連邦に反旗を翻すような大物……の先祖が住んでいるようには見えなかった。
だが、ファザーコンピュータが間違えるはすがない。ネコミネイターは、パッと塀に飛び乗った。ついで二階のベランダに音もなく飛び移り、静かにガラス戸を開ける。
目の前には、ひとりの少女が座ってテレビを観ていた。眼鏡をかけた、人の良さそうな顔だちである。突然の侵入者に、びっくりした表情で見上げていた。
一方、ネコミネイターは冷酷な目で彼女を見下ろす。ターゲットらしき人物を発見した。
手にした写真を見る。目の前にいる少女と、同じ人物が写っている。だが、念のため確認だけはしておこう。
「お前、能美紀香だニャ」
ネコミネイターの確認の言葉に、紀香は立ち上がる。常人ならば、二メートルを超す二足歩行の喋る猫が現れたなら、衝撃のあまり口もきけないだろう。そして、抵抗すら出来ぬまま殺されていたはずだった。
しかし、紀香は常人ではない。彼女こそが、一代で能美家の名を世界に轟かせた傑物なのである。ニコッと笑い、食べていたドラ焼きを差し出した。
「うん、そうだよ。ねえ、ドラ焼き食べる？」
その言葉からは、怯えているような気配がない。顔にも、親しげな表情が浮かんでいる。むしろ、ネコミネイターの方が戸惑っていた。全く想定外の反応である。この事態を前に、彼はどうすればいいのか分からなかった。
な、何だこの反応は？
俺が怖くないのかニャ？
それとも、何か別な狙いが？
「ねえ、ドラ焼き嫌いなの？」
なおも聞いてくる紀香。ネコミネイターは、思わず食べかけのドラ焼きを受け取ってしまった。仕方なく、一口食べてみる。
その瞬間、彼の脳を理解不能な感覚が襲う──
「う、美味いニャ！」
ネコミネイターは、感嘆の声を上げていた。彼はこれまで、味のあるものを食べたことがない。ファザーコンピュータの作成した無味無臭な完全栄養食品を、一日一回摂取するだけだ。そのため、美味しいという感覚すら理解していなかった。
しかし、このドラ焼きという食べ物は……ネコミネイターの味覚を、生まれて初めて刺激したのだ。ネコミネイターは、あっという間にドラ焼きを食べてしまった。
それを見た紀香は、ニッコリ笑う。
「まだあるよ。ドラ焼き、もっと食べる？」
言いながら、皿の上に乗ったドラ焼きを差し出す。ネコミネイターは、夢中で食べ始めた。
言うまでもなく、そうこうしている間に制限時間は過ぎてしまった。タイムマシンは亜空間で鉄屑と化し、もはやネコミネイターに帰る手段はない。
したがって、任務を完了させる必要もなくなった。
こうして、ネコミネイターは能美家の居候になってしまった。紀香の両親もまた、並の神経の持ち主ではない。どこからともなく現れた喋る巨大猫を、家族の一員として迎えたのである。ネコミネイターは紀香と親友となり、家族と楽しい日々を過ごしていくうちに、任務のことなど完全に忘れてしまった。
その後、紀香はネコミネイターとの日常を基にしたゆるふわ漫画『ニャンコもん』を発表したところ、大ヒットし遂にはアニメ化された。紀香は巨万の富を得て、その金を元手に様々な事業を始める。
未来の知識と高いＩＱを持つネコミネイターの助けもあり、事業のほとんどが成功した。結果、能美紀香は世界でも指折りのセレブとなった。皮肉にも、未来から送り込まれたネコミネイターが、能美家が繁栄する基礎を作ってしまったのである。
・・・
しかし、連邦も黙ってはいなかった。このネコミネイターのデータを基に、新たなる超生命体がシオン公国へと送り込まれたのだ。
後に『連邦の白い悪魔』と呼ばれ恐れられたその生物は、見た目は小さく可愛らしい。まるで、ウサギと猫を合わせたような姿をしていた。だが、シオン公国のめぼしい若者を見つけると、こんな風に声をかけたと伝えられている。
「やる前から諦めちゃダメだ。君がエースパイロットになれば、戦況は大きく変わる。必ずや、連邦軍に勝利する日が来るはずだよ。だから……僕と契約して、ニュータイプになってよ！」
この一言により、大勢の無知な若者を連邦軍が経営するサラ金と契約させ、借金地獄へと突き落としたのだ──
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