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「いわゆる不老不死が、本当にあるものとして信じられていた、というんだな」
「まさか」
三神さんの口調がいつものように飄々として軽いものだから、僕もつい思ったままを口にしてしまった。だがよくよく考えてみれば、古来から不死に対する憧れや探究それ自体は別段珍しい話でもない。
「事象そのものを論ずるよりも、要は信仰対象が人々に受け入れられるかどうかが大事なのだ。それは、お前さんもよく分かっていると思うがね」
「アムリタ、仙薬、エリクサーなどの霊薬ですか」
「ああ、本来はそういった外部からの影響を取り込んで、死なない体、老いない体、永遠の命が手に入ると考えられていた。だが、この村ではそれがちょっとばかし違うようでね」
「どのようにですか?」
「この村では、コガイ信仰が根強く生き残っていたそうだ。その中心にいたのが、今から向かう人蔵家だ」
「コガイ……? どういった字を書くんです?」
「枯れた、骸」
「かれ……て、え、ミイラですか!?」
言われてみれば、枯骸とは木乃伊の別名である。確かに木乃伊は永久死体とも呼ばれ、生前そのままの原型を留めているものも存在するそうだ。が、死体は死体である。不老不死とはまた意味合いが違ってくるのではないだろうか。
「不老といえば不老なんでしょうが、不死、ではありませんよね」
「ワシもそう思う。だが資料からはそう読み取れるのだ。ただ単に木乃伊を崇めていたわけではないと思うがね」
「思うと言うと、三神さんご自身が得られた情報ではないように聞こえますが」
「ああ。実を言うとな、ワシの所有する資料には少しだけ、別の御仁がまとめた物も紛れ込んでいるんだ。今回はたまたま、そいつを引き当てたというわけだ」
「どなたなんですか? その御仁って」
「そら、昔話したことがあったろう。西荻のお嬢の、御父上だよ」
「文乃さんの……」
「まあ、今となってはそれもややこしい話なんだがねえ」
「確かに」
僕は納得してそう頷いた。三神さんはかつて、文乃さんの父親を名乗る西荻姓の男性と、依頼された仕事現場を共にしたことが何度かあるという。その男性もかなり強力な霊力を持っているとかで、一時期僕は彼の素性を探ろうと躍起になったことがある。だが、現在に至るまでその人物の正体は謎であり、空白の十年を経て戻ってきた文乃さんからも、詳しい事情は聞き出せていない。ただ、僕と三神さんが現時点で知り得た情報が正しければ、その人物が文乃さんの本当の父親でないことだけは間違いない。
おや、珍しい。
突如頭上から声を掛けられ、びっくりして息をのんだ。
立ち止まった僕と三神さんを見下ろすほどの高い位置に、農作業着を着た男性が立っていた。
「ああ、これはこれは、御山の関係者の方ですか?」
落ち着いた口調で三神さんが尋ねた。
「そうですが、お宅さんらは、どこから来んさった」
かなりのご高齢に見える男性はそう答えると、やや背中の曲がった体で急勾配の坂道に立ち、笑顔を浮かべて僕たちを交互に見つめた。だがその笑顔に油断は見られなかった。僕たちは私有地を侵しているのだ、歓迎される理由はない。
「東京から来ました」
と僕が答えると、
「ほお。なら、登山道はもっと下ですわ。こんな上まで登ったらいかんよ」
と至極真面目な口調で窘められた。
しかし僕がチエちゃんから預かった手紙を取り出して見せると、男性はやがて手紙を持った手をブルブルと震わせ、「あんたらぁ」そう言って僕たちを見る目に大粒の涙を浮かべた。
「おうかがいしても、よろしいか?」
三神さんの問いに、男性は袖口で涙を拭い、
「案内しましょう」
と頷いた。
男性は名前を、武田さんと言った。武田さんは普段麓の集落で農業を営んでいるが、今は無人である人蔵家から依頼されて、半月に一度、家の換気と掃除の為に山を登っているそうだ。
「無人なんですか」
僕が尋ねると、前を歩く武田さんは「はい」と頷いた。彼はつまり、私有地にある無人の家屋を守る、云わば門番である。しかしひと月の間に二回しかこの山には入らないというから、知らずに訪れた僕たちは運が良かった。
「チエちゃんから頼まれたものさえ持ち帰ることが出来れば我々の用件は済みますから、そう長居はしませんので」
三神さんが断りを入れると、武田さんはつと立ち止まって振り返った。
「そのこと……なんじゃがのう」
「はあ」
「もう一度、お嬢さんから預かったっちゅう手紙を見せてもらってもええですかいの」
「もちろん」
僕は再び手紙を取り出して、武田さんに手渡した。武田さんは目を細めて何度も視線を走らせ、「はー」と溜息をついて僕たちを見返した。
「やっぱり分からん」
「え? 何がです?」
尋ねる僕たちから視線を外すと、手紙の内容を反芻するようにためつすがめつしながら、武田さんはこう仰った。
「このー、『風車のある場所は、サイジョウ階から見る眺めの良い部屋』っちゅー部分なんだが。カタカナで書いてる意味は分からんが、これがもし最上階って意味ならおかしな話で。人蔵家は大きなお屋敷ではあるんだが、平屋なんですわ。最上階というか……そもそも二階も屋根裏もあらしませんよ」
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