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薄暗い照明の中、小さなバーのカウンターに並んだ私達に髭のマスターがいつものカクテルを二つ持ってきた。
彼はカクテルを一口飲むと「うららちゃん、俺他に好きな子できたから、別れたいんだ」と申し訳なさそうに言った。
ショックよりは「まぁそうだよね」と不思議と納得していた。
彼とは付き合って二年になる。彼は24歳、私は40歳、世間では歳の差カップルと言われている。
出会いはこのバーだった。仕事帰りにいつものバーで聞き上手なマスター相手に一人で飲んでいると、彼が友達に連れられてやってきた。
その時はマスターを交えて四人で話をした。仕事のこととか自分の将来のこととか、他愛もない日常の話とか。
彼は携帯ショップの店員をしているらしく、スマホの使い方なら何でも聞いてくださいと胸を張った。
フレッシュさが眩しくて羨ましかった。
次の週の金曜日、またバーに行くと彼がいた。
「もう一度あなたに会いたいって思って、毎日ここに来てました」
彼の無邪気な笑顔を見たら一気に肩の力が抜けた。
「私何歳か知ってる?」
「40歳でしょ?この間自分で言ってましたよね。俺はそんなのどうだっていいです」
彼に押し切られる形で、その日のうちに彼を家に連れて帰った。
ワンナイトで連絡が途切れるだろう、そう思ったけれど、次の日の晩また彼はやってきた。
「どうしたの?」そう驚く私に「彼女の家に突然きちゃダメ?」た甘えた顔を見せた。「関係を持つイコール付き合ってる」とそう考える若い彼が可愛く思えて家に入れた。
それからは、普通のカップルみたいに二人でテレビをみたり、レストランに行ったり楽しく過ごした。二人で海外旅行にだって行ったことある。
けれど、ここ一ヶ月彼からの連絡が途絶えがちになっていたし、嫌な予感はしていた。
私もカクテルを一口飲むと、「わかった。別れようか」と同意した。「新しい子はどんな子なの?」とわざと余裕ぶって聞いた。
彼は無邪気な笑顔で「店に新しく入った子、可愛いんだ」と教えてくれた。
「そう、良かったね」と呟いた。
彼はカクテルを一杯飲み干すと「じゃあ、俺行くよ」と私を見ないでスタスタと歩いていってしまった。
彼が店から出て戸を閉め、数十秒経った時目から涙が出てきた。
マスターがティッシュを私まで届けてくれた。
「ねぇ、マスター。私最後まで余裕のある大人の女に見えてたかな?」
「見えてたよ」
マスターはそう笑った。
「そう、良かった」
安堵すると、マスターが「サービスだよ」と言ってフルーツの盛り合わせをすぐに出してくれた。
私が振られることを察知して準備周到に作ってたのだろう。
「ありがとう」
そう呟くとマスターは笑顔で大きく頷いた。時計を見ると店に入ってからたった五分しか経過していなかった。
「二人の最後がたった五分ってひどい話だよね」
「そっちの方がいいよ、あの男の最後の優しさだ。長々とやってても別れるもんは別れるんだ。綺麗さっぱり別れた方がいい」
「そんなもんかな」
また涙が溢れてきた。
「そんなもんだよ」
マスター穏やかにそう言った。
家で別れ話をされたら取り乱していたのかもしれない。別れたくないとすがりついていたかもしれない。
この店で別れ話をされて良かった。
「にしても最後ぐらい自分が頼んだ分だけは払ってけばいいのに」
またカクテルを一口飲んだ。
「器の小さい男だって思わせたかったんじゃない?今回は俺があの男の分もうららちゃんの分も払ってやるから安心しろ」
マスターが優しい笑顔でまた新しいカクテルを出してくれた。
「いいよ、それは悪いから!彼の最後の優しさだと思って、私が払ってくよ。あー本当にセコい男だった」
心にもないことを言うと、マスターはまた優しく笑った。
「次は歳上と付き合ってみなよ。ちゃんとうららちゃんの分も払ってくれるような」
「歳上か、それもいいかもね」
カクテルを飲み干した。
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