寝ずの番

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「ねぇ、暑くなっちゃった。脱がせてくれない?」  そう言うや否や、忍は自分の詰襟を指さしてみせた。そうして誘うように、トントンと指先で黒い布地を叩く。 「いつもみたいに、ね? あ、忘れてるんだっけ」 「悪い」 「いいよ、しょうがない。そんなことよりさ」  早くして、と翔太の腕をさする。そうして撫でるように下に指を滑らせると、翔太の指に自分の指を絡ませた。それだけで翔太は幸福感に包まれる。しかしそれだけではこの後ろ暗い欲を忘れることはできなかった。  翔太の大きな手が忍の胸元に伸びて、鈍い色を放つ金ボタンへと向かう。片手でゆっくりとボタンを外して行くのは、なんだか本性を暴く行為にも似ていた。 「ずいぶん丁寧にやるね」 「お前の知っている俺はどんなふうにしていたんだ?」 「もっと乱暴に。そう、シャツなんか無理やり引っ張って、ボタンを弾き飛ばしたりなかして」 「俺が、そんなことを?」  自分ではにわかに信じられず、翔太は思わず聞いてしまう。今は自分のことさえ定かでもないのに。しかしそんなことをしている自分が想像できないのだ。翔太が困惑していると、声を上げて忍が笑う。 「ふふ、嘘だよ。君はいつでも優しい。そう、優しすぎてこっちが焦れるくらいにね」  忍に翔太の頬を軽く抓られると、もはや何も言う気は失せてしまう。仕方なく翔太は、詰襟のボタン外しを再開した。そうして全部外すと、暑いと言っていたので前を寛げてやる。すると白シャツが現れた。そこで翔太は、そのシャツに手を付けるかどうか迷う。  明らかに忍は誘っている。それはもちろん性的な意味合いでだ。もちろん翔太だって触れたいし、繋がりたいという欲はある。しかし忍はからかっているだけだったら? それに本当に暑かっただけかもしれない。そんなことをぐるぐると考えてしまうと、ふいに頭の中で忍の声がした。 『もう、いくじなし』  それは呆れているようで、愛しいものを呼ぶような声色だった。きっとこれは記憶の中の言葉なのだろう。何でそんなことを言われているのか、状況はさっぱり思い出せないけれど。そうしていると同じ声が、同じような口調で忍が言う。 「いくじなしなんだから」  そう言って、翔太の手を自分の胸に導いた。
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