寝ずの番

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 死人の手という表現がぴったりなほど、それは血の通っている気配がなかった。翔太はそれを凝視し、腰を浮かせかける。そうして観察していると、その指は力を籠めるようにしっかりと棺桶に掴まっている。かと思うと、ゆっくりとその上半身が現れた。  詰襟を着た、学生服の青年だった。丸顔はどこか幼さが残っているのだが、人を惹きつけるというのか、妙な色気がある。それは目元の泣き黒子のせいなのか、それとも肌と対照的な赤い唇のせいなのか。言葉にできないのだが、触れてみたいという感情が翔太の中で沸き起こる。そして翔太は、この青年をどこかで見たような気さえしていた。  青年は自分の身体を確認するように、触ったり見回したりしている。それが終わると、今度は部屋の中をぐるりと見回していた。そうして最後に、翔太を見つける。すると青年の目がわずかに細められた。 「来てくれたんだ」  嬉しそうな声を上げて、青年が呟くように言う。そうして棺桶から出ようと体を乗り出したが、うまく足に力が入らないらしく畳に倒れこんでしまう。翔太は思わず立ち上がり、青年に近寄った。そうして抱き起こしてやると、何がおかしいのか青年が小さく笑う。 「死んでから会いに来るなんて、君、酷いじゃないか」 「俺は、どこかで君と逢ったことがあるだろうか」 「あぁ、忘れちゃったんだ。しょうがないね、君って人は」  悲しむ様子でもなく、青年は翔太の頬を撫でる。そうされると翔太は、なぜか懐かしい気分になる。自分はこの青年のことを知っている。それはもう確信に近いものがあった。しかし思い出そうとしても、尻尾すらつかめそうにない。 「名前を、教えてくれないか」 「忍だよ。し、の、ぶ」  覚えておいてと言わんばかりに、自分の名前を強調する。翔太は心の中で、その名前を反芻させた。
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