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寝ずの番
翔太は気がつくと、和室の隅に正座で座っていた。あれ、なんでこんなところにいるんだっけ。そんなことを思い出そうとするが、頭の中に靄がかかったようでうまくいかない。まるで輪郭だけがゆらゆらと蠢くようで、掴みたいのに手が動かない感じに似ていた。
項垂れていた頭をもたげると、部屋の反対側に大きな木の箱が置かれている。大きさはそう、人ひとりが余裕で入れるくらい。その蓋は開かれ、箱に立てかけられている。中は白いビロードのような生地が見えいた。それはまるで葬式で見る棺桶のようで。縁側に続くガラス窓の向こうは暗く、翔太は直感的に感じる。
あぁ、自分は寝ずの番をしているんだ。
誰の葬式で、何で翔太が寝ずの番をしているのか、まったくもって分からない。しかし妙に腑に落ちたというのか、その事実は翔太の胸の中にすとんと落ちてきたのだ。
翔太は居住まいを正すと、座布団の上に正座をし直した。他に誰もいる気配もなく、殺風景な部屋に死体と一晩。そう考えるとゾッとしそうなものだが、翔太は平然と棺桶の方へと目を向けていた。そうして敬意を表するように、背筋を伸ばしている。
どれくらいそうしていたのか。この部屋には時計がないからわからないが、十分もしなかっただろう。突然部屋の中に、ため息のような音がした。それは翔太のものではなく、だが静まり返ったこの部屋で聞き間違えるはずがない。そこで翔太は、死体が死後硬直で肺の中に残った空気が押し出されることがあるというのを思い出した。きっとそれだろう、と落ち着いた様子で考えをめぐらす。
しかし次の瞬間、明らかに気のせいとは言えない物音がした。それは衣擦れのような音で、棺桶の中から聞こえてくる。それはさすがに翔太も訝し気な目を向け、身構えた。そうしている間にも、物音は次第に大きくなっていく。
そしてついに、棺桶の縁を白い指がしっかりと掴むのを見た。
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