第一章「大好きなお隣さん」

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「あ、あの石原君!行くってどこに…」 「保健室」 「え?でも私別にケガなんかしてないよっ」 やっぱり、さっきぶつかったところ見られてたんだ。 「嘘吐くな、アホ」 「う、嘘なんか吐いてないよ!」 「カバン」 「え?」 「持つ手がいつもと逆」 「あ…」 自分ですら、無意識にやった行動。旭君は今の一瞬で、気付いてくれたんだ。 「手首、やったんだろ」 「…」 「変に隠してんじゃねーよ、バーカ」 「…うん、ごめんね?」 「ほらさっさ行くぞ」 「うんっ」 素直に大丈夫?って言わないいつも通りの旭君がおかしくて。 思わずニヤニヤしちゃう頬っぺたを一生懸命引き締めながら、私は小走りで旭君の後ろをついていったのだった。 「日誌まで出してくれてありがとう、旭君」 結局、右手の軽い捻挫だけで済んで。保健室の先生にシップを貼ってもらって、今日は部活は休んで帰ることに決めた。 保健室で手当てを受けてる時も、家庭科部に休むって言いに行く時も、旭君は付いてきてくれた。あからさまに隣に居るわけじゃないけど、私のカバンを持って前を歩いてくれた。 「カバン、持てるのに」 「無駄に重いんだよこれ」 「そうかな?普通だよ」 「教科書なんか置いて帰れよ」 「それじゃあ勉強できないから」 「真面目か」 旭君はまた眉間にシワを寄せて、それ以上は何も言わない。 「旭君が気付いてくれて、嬉しかったなぁ」 ホントに、嬉しかった。 旭君はいつも、私のことをよく見てくれてる。 人より抜けてるところが多い私をリードしてくれて、それから「たまたまだ」って嘘を吐くんだ。 「…お前さ」 旭君が前を向いたまま、ポツリと呟く。 「何?」 「さっき」 「さっき?」 「手…いや、何でもねぇ」 「旭君?何?」 「何でもねぇって」 それから旭君は、何回聞いても言いかけたことは教えてくれなかった。
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