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あるところに、ゆりちゃんという小学校3年生の女の子がいました。
ゆりちゃんのママは、ゆりちゃんが本当に小さい時から、捨てられたり、迷ったりした犬たちをたすけて、あたらしいかいぬしを探すボランティアをしていました。ゆりちゃんも、小さい時からそのお家につれていってもらっていたせいか、ふしぎなことに、いつからか犬たちと会話できるようになっていました。
ゆりちゃんも、できたら家で犬をかいたいとおもっていたのですが、ゆりちゃんの家はアパートで、動物をかうのはゆるされていませんでした。
その日も、ゆりちゃんはランドセルを机にどさっとおくと、犬たちをほごしているお家に走って行きました。「いぬのしっぽ」という看板のある家の中には、いくつものかごがあり、ひとつひとつのかごに犬がいっぴきずつ入っています。そして、そのお家のまんなかには、犬たちのための小さなうんどうじょうがあります。
「ささきさん、たぐちさん、ママ、こんにちは。そろそろ、わんちゃんたちを出してもいい時間じゃない?」
ゆりちゃんは、そこにいたボランティアさんたちにききました。
「そうね。ゆりも手伝ってくれる?」
「もちろん」
ゆりちゃんとボランティアさんたちは、いっぴきずつ、犬をうんどうじょうに連れて行きます。
「調子はどう?ジョン」おじいちゃん犬のダックスフンド、ジョンをだきしめて、ゆりちゃんは語りかけます。
「よくもわるくもないのぉ。まぁ、年じゃから。わしは、ここで一生を終えるのかねぇ」
ゆりちゃんは、目に涙をためて言います。「そんなことないよ。いいかいぬしさんが見つかるよ」
ジョンは、ためいきをつきます。「人間は、あてにならないからのぉ」
ジョンは、3年前、空き家にぽつんと残されていたのでした。そのせいか、人間を信じていないようでした。ゆりちゃんにさえ、心をひらくのには時間がかかったのです。
「ゆりは、ジョンが大好きだよ。できれば、ゆりが一緒に暮らしたいけど・・・」
ゆりちゃんは、ひっしに言います。できないのが、ほんとにくやしい。
ゆりちゃんのほほを涙が伝います。
「わかっとるよ。ゆりちゃんと残りの時間をいっしょにすごせるなら、それでいいんだよ」
ペロペロ、と、やさしく舌でゆりちゃんの涙をぬぐいます。
(なんとかしたい。なんとかしてあげられたら)
その日、家にかえってから、ゆりちゃんはお母さんにそうだんしました。
「ジョン、ねぇ。引き取り希望の申し込みが来てるには来てるんだけど」
「来てるの?じゃあ・・・」
「でもね、そこには、3歳の男の子がいて。ジョンは、もうおじいちゃんでしょう。生きられて、あと、3~4年か、よくて5年。その子に、ジョンが死ぬのが受け入れられるかどうか。やさしそうなご夫婦で、一目でジョンが気に入られたんだけど」
「それで、どうするの?」
「明日の土曜日、また、3人で来られるらしいけど・・・?」
「じゃあ、ゆりもあえるね」
翌日の土曜日の9時。いぬのしっぽのオープン時間です。ジョンの引き取り希望をしている家族は10時に来る予定です。
ゆりちゃんは、ジョンのかごに近づくと、ジョンを抱き上げました。
「ジョン、もしかしたら、新しいかいぬしさんに会えるかもしれないよ」
「ほんとうかい?わしがいいっていう人がいるのかい」
「一目であなたが気に入ったんですって。でもね、3さいの子どもがいて・・・いいにくいんだけど、ジョンはもうあまり長生きできないでしょう?」
「そういうことか・・・子どもと別れるのはつらいものな」
10時になり、その家族がやってきました。
めがねをかけた、やさしそうなお父さん、えがおがステキなお母さん、やんちゃそうな男の子です。
「この子がジョンくん?」男の子が聞きました。
ゆりちゃんのママがこたえます。
「そうよ。人間の年で言うと、70さいくらいかしら」
「おじいちゃんだね、ジョンおじいちゃんだ」
なで、なで、なで。やさしくジョンをなでます。
「君の名前は何て言うの?」
「こういちだよ」
「こういちくん、わんちゃんは、人間より、年をとるのが早いの。だから、おもったより、早くお別れになっちゃうかもしれない。それでも、この子をかいたい?」
こういちくんは、ジョンのひとみを見つめます。そして、ジョンをだきしめました。
「この子が・・・いい」
「わたしたちも、この子のやさしそうなふんいきが気にいったんです。きっと大切にされていたんだろうなぁ」
こういちくんのママが言いました。
(ゆりちゃんとせっしているおかげて、ジョンもずいぶんやわらかな表情をするようになったものね)
ボランティアのにしださんは思いました。
「ぼくたちも、ジョンを大切にします。さいごのときまで。だから、どうか、ジョンをぼくたちにまかせてくれないでしょうか」
ゆりちゃんのママがていあんしました。
「そうですね。とりあえず、おためし、ということで、1か月、ジョンをおたくで世話してみませんか。そのうえで、うまくいくかどうか、スタッフがみてみましょう」
「よかったね、ジョン。もしかしたら、あたらしいかぞくができるかもしれないよ」
ゆりちゃんは、ジョンをだきしめました。
「ほんとじゃろうか、ほんとじゃろうか。うまくいくだろうか、わし」
ジョンは少しふあんそうです。
「だいじょうぶ。あのひとたちとジョンなら。ぜったいよ」
ジョンはうれしくて、ゆりちゃんをぺろぺろなめました。
しばらくして、ジョンは、こういちくんの家に行きました。
(1か月、ううん、もしかしたらずっと、ジョンには会えないんだわ)
ゆりちゃんは、ジョンのためにうれしく思うと同時に、さびしくなってしまい、涙がとまりませんでした。
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そして、約束の1か月がたちました。
今日は、「いぬのしっぽ」から、ようすを見に行く日です。
ゆりちゃんのママがゆりちゃんに言いました。
「今日は、いぬのしっぽのだいひょうとして、ゆりがいってらっしゃい。よくみてくるのよ?いじめられていないか、えさはちゃんとあげられているか、いっしょにさんぽにもいってらっしゃい。ジョンはそんなに長くはあるけないだろうけど。合格かどうかは、電話で知らせるって言ってね」
夕方にさんぽに行く、と言うのでゆりちゃんは4時に行くことにしました。子供が行くということで、少しびっくりされましたが、いぬのしっぽでのジョンとゆりちゃんとのようすをみていたごふうふは、すぐになっとくしてくれました。
そのおうちは、2かい建てのにわのある、かわいいお家でした。チャイムを鳴らすと、ワンワン、となつかしい声。「ゆりちゃん、いらっしゃい、わしはしあわせじゃよ」と言っています。
「ゆりちゃん、よくきたわね。ジョン、元気そうでしょう?もぅ、ソファは、ジョンにとられちゃったわ~」
そういいながら、こういちくんのママはなんだかうれしそうです。リビングに、エサ皿と水、犬のおもちゃがあります。ジョンは、そのおもちゃであそんでいます。かむと、音が出るおもちゃです。
こういちくんが、いとおしそうにジョンをなでています。
そのようすを幸せそうにこういちくんのママとパパがみています。
「ぼくね、ジョンのいいたいことが分かるんだ。なんとなくだけど」
「そうなんじゃよ。ゆりちゃんとだけじゃなく、こういちくんともおはなしができるようになったんじゃよ」
「すごいねぇ。よかったねぇ。じゃあ、さんぽにいきましょうか」
ゆりちゃんは、うれしかったけど、ちょっとだけさびしかったのでした。
こうえんは、ジョンの足であるいて3分のところにありました。いろいろな犬がいます。
「犬の友だちもできたんじゃよ。チワワのちぃに、しばのみるくに、トイプードルのるいに、ミニチュアダックスのロッキー」
「よかったね、ほんとに、よかった」
こういちくんの家にもどり、こういちくんのママとパパに言います。
「合格かどうかは、電話でつたえます」
「よいお返事をおまちしてます」
さいごに、ジョンをだきしめます。「さよなら、ジョン」
ジョンは、ペロペロとゆりちゃんの顔をなめながら言います。「ありがとう、ゆりちゃん」
こういちくんの家から、いぬのしっぽに帰るまで、ゆりちゃんは涙を止められませんでした。
「おめでとう・・・おめでとう、ジョン」
いぬのしっぽに帰って、まっさきにゆりちゃんはママに言いました。
「文句なしの、にじゅうまるだよ」
「そっか。さびしくなるけど、ジョンにはよかったね」
「そうだよね」
また、ゆりちゃんの目から涙があふれだします。
「よくがまんしたね」ゆりちゃんのママは、ゆりちゃんをだきしめます。
「ここには、ゆりの力がひつような子がまだまだたくさんいるよ。その子たちのためにも早く元気出してね」
「ゆりちゃん、ゆりちゃん、なでなでして」雑種のハナが、つぶらなひとみでうったっかえかけます。
ゆりちゃんは、ハナのかごを開けると、だっこしてあげます。ペロペロ、とハナはゆりちゃんの顔をなめて、言います。「わたしは、ゆりちゃんのこと、だぁいすき。わたしたち、ゆりちゃんがいるから、ここにいるのもつらくないのよ」
(・・・そうだよね。あたし、がんばらなきゃ、みんなのために。
みんなにも、いいかいぬしがあらわれるように、がんばってさがさなきゃ。
うん、元気出していこう!)
ようやくゆりちゃんに笑顔がもどってきました。
これからも、ゆりちゃんは犬たちとの出会いと別れをくりかえし、おおきくなっていくのでしょう。
おしまい。
※注 シェルター「いぬのしっぽ」は、架空の施設で、実在するものとは何ら関係はありません。また、私のドッグシェルターに関する知識が乏しく、こんなシェルターがあったらいいな、という理想を書いてしまったところがあります。
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