化粧箱

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 僕には恋人が居る。  平凡な毎日で、特別な事など何も無く取り柄の無い自分には勿体ない様な恋人だと素直に思い、そんな彼女が僕を好きだと言ってくれたことが嬉しくてたまらないのだ。 「今日も愛妻弁当ですか」  職場で食べるのが恥ずかしい程の愛妻弁当である。今どき弁当箱をあけると大きくハートのマークが彩られているのは少なくとも社内では僕だけである。 「まあね。それで植木(うえき)鉢(ばち)さんは態々揶揄いに来たんですか」  ふふと植木鉢は笑う。 「人の不幸は蜜の味って言うじゃない」 「いや、僕は不幸じゃあないですよ。仕事の出来や人生は確かに退屈なものでしたが、とうとう恋人も出来ましたからね」  植木鉢蒲公英(うえきばちたんぽぽ)は会社の先輩だ。僕の人生イコール彼女いない歴な事をよく笑っていたが、そんな僕にも春が来た。  植木鉢は役職や入社歴こそ先輩ではあるが、年齢は同じ年である。懸命に一つの会社で実績を上げ続けた彼女と何かが嫌になると直ぐに仕事を変える僕とでは社内でも差がつく。それでもこうして構ってくれるのは、同い年だからだろう。 「最近は走ってるの」 「いや、まさか、もうお腹もこんなんですよ。どうしてあんなに部活って頑張れたんでしょうね。キツイきつい言いながらもやり遂げるって今の僕では有り得ませんよ」  いや、やれよと植木鉢は突っ込む。  お互い中高と陸上部で長距離だった事や地元が近かったことも有り、こうして揶揄ってくれる。  ショートヘアで、いつもパンツスーツの彼女は男友達に近いのだろうかとても話しやすい。 「じゃあよかった。今日は彼女と遊べないよ」 「え、そうなんですか。なんで」  僕は首を傾げる。 「仕事、コレ半分間違ってる。褒め過ぎた。半分も合って無いから、打ち込み直しです。残業確定。今日は私も予定が有るから手伝っては上げれないしねぇ」  バイバイと植木鉢蒲公英はご機嫌そうに去っていった。
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