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「そろそろ帰らないと」
「どうやって?」
「彦星さんに迎えに来てもらう!」
本気で言っているのか、それとも僕をからかっているのか?
「じゃあ早く呼んだら?」
「え? だってもう隣にいるもの」
「え?」
「え?」
話が全く読めない。隣? 女の人の隣には僕しか居ない。
まさか僕には見えないだけなのか?
「僕には、彦星さんが見えないけれど…?」
「君の名前の漢字に星が入っているじゃん!だから彦星さん」
「確かに入っているけれど、彦星じゃなよ」
「そんなこと言わないで。ね?」
どうやってこの女の人を元の場所に帰せばいいんだ?
「お母さんたち、もう寝てると思うから玄関から普通に出よう。バレたら幽霊っていう設定ね」
「なんか、楽しいね!」
「そ、そうだね」
苦笑いするしか出来ない。
僕の部屋を出て、忍び足で玄関に向かう。
電気をつけたらバレてしまうのでスマホの懐中電灯を頼りにする。
家の鍵を締める音で起きるかと思ったが大丈夫そう。
「何とか外に出れたね!」
「そうだね。僕はヒヤヒヤしたよ」
「でも楽しかった!」
「それはそうと、裸足で大丈夫なの?」
「ああ、大丈夫!家、すぐそこだから」
「すぐそこ?」
「うん!付いてきて」
言われた通りについて行くと、エレベーターの上に上がるボタンを推した。
エレベーターに乗り込むと6階のボタンを押し、扉はしまった。
「お姉さん、ここは?」
エレベーターを降りると、1つの部屋の前に案内された。
「603号室。私の部屋よ?」
「やっぱりお姉さんは織姫じゃなかったんだ」
「私の名前は詩織。名前に織物の織がついてるから織姫!」
目を輝かせながら、根拠の無い事を自信満々で言っていた。
そんな女の人を僕は羨ましいと思ってしまう。
「じぁあ、ベランダから僕の部屋まで落ちたってこと?」
「そういうこと!確か君の部屋は503。真下だね」
「そうだね。でも怪我が無くて良かったよ」
「私、運動神経はいいから大丈夫だよ!」
さすがに外で話していると迷惑になるので中にあがらせて貰った。
「君はもっと夢を持った方がいいと思うよ」
「なんで?」
「だって、私は君が現実に囚われている感じがするから。もっと自由に生きていいんだよ!」
「自由に生きていいなんて、お姉ちゃんが初めてだよ」
僕の目から涙が零れていた。
今まで弱い所を誰にも見せないようにと強がっていたから余計にだ。
「私は好きだよ。強がっている君も、ちょっぴり弱い君も」
何も言えないまま夜が過ぎていく。
流れ星七夕の日なんてとっくに終わっていて、星が降っていた空には月といつもの星しか見えない。
「信じましょう。この世界を。私たちの夢を」
「織姫と彦星が信じたように……」
「私たちも信じないとね」
夜中にオレンジジュースは怒られてしまうと思ったが、今日だけと思い、お姉さんと飲んだ。
「僕の名前に、僕の年齢、なんで知っているの?」
「簡単だよ! 防犯のために制服の名札は最近無くなったみたいだけど、学校指定の鞄はみんな同じだから名前書いてあるでしょ?それで名前がわかったの! 年齢は制服からかな?」
まるで、どこかの探偵みたいだ。
「お姉さんは何歳?」
「女性に年齢は聞かないお約束でしょ?」
そして笑いながら「大学1年生」と答えた。
もうそろそろ寝ないと限界になってきたので、家まで送ってもらった。
と言っても、エレベーターに乗るだけだけど。
お姉さんの両親は海外旅行中らしい。
もし親が居たら、怒られてたと嘆いていた。
「ばいばい。また明日ね」
「うん。おやすみなさい」
玄関の扉を開ける前にしっかり親にバレた時の口実を作ってあるから心配ないと思っていたけれど、心臓がバクバクしていた。
少し大きな音を立てて開いた扉はいつもより重たく感じた。
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