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五限目が始まる前のこと。 友亜は窓際で、ぼーっと外を眺めていた。 清々しい桜が見える光景とは裏腹に、表情は沈んでいる。 それを知ってか知らずか、冬弥は黙って隣に座っていた。
「友亜、友亜」
「・・・ん? 何?」
一度名前を呼んでも反応がなかったため、肩を揺すりながら言った。 どうやら教室の入り口に、千晴が来ているようだ。
「千晴さんが呼んでるよ」
「・・・あ、本当だ」
「行っておいで」
「え、冬弥も来てくれるでしょ?」
冬弥は千晴を見ながら考える。 今、友亜と最も距離が近いのはおそらく千晴だろう。 今日で自分がいなくなることを考えて、なるべく手助けしないようにしなくてはならない。
「そろそろ俺がいなくても行けるようにしないと。 さっきも一人でちゃんと話せていたし、もう大丈夫でしょ」
そう言うと、彼は躊躇いながらも頷いた。
「・・・分かった」
友亜が千晴のところへ行っている間、冬弥は動かずずっと外を眺めていた。 どこかへ行くのかと思いきや、二人は入り口のところで話している。
そのせいか、二人の会話は聞かないようにしていても自然と耳に入ってきた。
「千晴ちゃん、どうしたの? 千晴ちゃんから来てくれるなんて珍しいね」
「あ、もちろんいいよ。 何?」
「・・・え? あ、あぁ、分かった。 記事にして書いてみる」
千晴の声は上手く聞き取れなかった。 というのも、友亜だけが冬弥を認識できるように、冬弥からも友亜の声はよく届くからだ。
―――願い事でも頼まれたのか?
「えっと、その、願い事叶うといいね。 いや、絶対叶うと思うんだ! ・・・だから、頑張ってね」
―――いつもならすんなりと願い事を記事にする友亜だけど、願い事を聞いて狼狽えるって一体どんなことを言われたんだろう。
それから一言二言言葉を交わした後、友亜は戻ってきた。 何となく先程よりも、顔色が酷くなっている気がする。
「また何かあったの?」
「・・・うん。 千晴ちゃんが、記事を書いてほしいって」
千晴が願い事を頼んだことはほとんどない。 だから珍しいと思った。
「へぇ、いいじゃん。 好きな人の力になれるんだ。 で、どんな願い事だって?」
そう聞くと、彼は涙を目にいっぱい溜めた。 泣くのだけはギリギリ堪えているようだ。
「・・・『好きな人に告白できますように』だって」
「・・・」
それには、流石に冬弥も反応に困った。
「僕、もうフラれたも同然だぁー!」
「いや、まだそうと決まったわけじゃ」
「じゃあ、仮に千晴ちゃんの好きな人が僕だとするよ!? それでわざわざ、僕にその願い事を頼みにくる!? おかしくない!?」
確かにそう考えることもできるが、あえて友亜の反応を見た可能性もある。 だがあえて、それは言わなかった。 感情的になっている友亜を見るのが面白かったからだ。
「・・・じゃあ、千晴さんの願い事は書かないのか?」
「・・・いや、書くよ。 千晴ちゃんの頼みなんだ、書かないわけがない・・・」
そう言って渋々と記事を書き始めた。 ペンを持つ手が、明らかに震えている。
「本当に、それでいいんだな? まぁ“好きな人に告白をする”だから“告白が成功する”っていう記事じゃないし、答えはまだ分からないけど・・・」
「うん、いいんだ。 僕はもう、千晴ちゃんの笑った顔が見れたらそれでいい」
「・・・」
―――・・・本当、お人好しなのか他人思い過ぎるのか。
―――流石にクラスのみんなも、友亜のよさに気付いているよな?
昼休みがもう終わるせいか、願い事が叶ったという報告をする者がそこそこいた。
相変わらず浮かない顔をしながら返事をしている友亜だが、それ以上に今は冬弥の方が暗い顔をしてしまっているのかもしれない。 今度は震える自分の手を押さえ付ける。
―――・・・マズい、な。
―――そろそろ俺、限界かも。
もうすぐ自分が消えるという感覚。 死んだ時のことは憶えていないが、今がそんな感じなのかもしれない。 冬弥は少しずつ薄くなる視界を眺めながら、そのようなことを思っていた。
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