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廊下を当てもなく歩く。 紙はそれそのものが重要なわけではないが、友亜は願掛けなのか基本的にそれを使っているようだった。
もちろん冬弥は、時間稼ぎをしようとしているわけではない。 おそらく既に500の願いは記事にされていて、タイムリミットは刻一刻と迫っていることを実感していたからだ。
―――持ってきたのは自分のペンだけど、大丈夫かな。
―――友亜がいつも記事に使っているペンは机に置いてあったし、流石に気付かれると思って無理だったんだよね。
結局、美術準備室へと行くことにした。 友亜と思い出の場所というわけではないが、ここは毎週月曜日に記事の用紙をもらいに来ている場所だ。
持ってきた紙とペンを適当に置き、自分の身体を見る。 明らかに透けているのが分かった。 しかも、現在進行形で進んでいる。
―――死へのタイムリミット。
―――既に死んでいるから、奇妙なものだなぁ・・・。
こうして見ている間にも、透明度が上がっていった。 誰かの願いが叶ったのだろう。
―――まるで俺の魂を使って、人の願いを叶えているみたいだ。
色々と思うこともある。 もしそうだとするなら、安易にばら撒くように人の願いを叶えるのは、誰よりも自分が犠牲になっているように感じるのだ。
もちろんそれが自分の願いのはずだったのだが、何故か終わりが近付くと寂しい気持ちになる。
―――この記事って、俺が書いても有効なんだろうか?
ペンを取り、紙に願いを書く。 叶うか叶わないかはどうでもよかった。 ただ、冬弥自身が書きたかっただけ。 さらさらさら、と記事を作成していく。
友亜に比べて拙いものだが、書き方は知っている。 書いていると、友亜が初めて自分の要望を言った時のことを思い出した。 それは、小学校のいつだっただろうか――――
『僕、新聞クラブに入りたい』
その言葉に冬弥は驚いた。 小学校の頃の友亜は自分の意見はあまり表に出さず、冬弥の後ろを付いてくるように道を選んでいた子だ。 お互いにそれが居心地がよかった。
だが冬弥は、本当に友亜はそれでいいのかと気になっていたのも事実。 ただ我慢しているのではないかと思っていたため、自分から新聞クラブを選んだことが素直に嬉しかった。
『へぇ、いいじゃん。 でもどうして急に?』
『僕、口で気持ちを伝えるのが下手だから。 文字にしてだったら、伝えられるかなって。 ・・・冬弥も、一緒のクラブに入ってくれる?』
冬弥自身、元々どうするのか決めていなかった。 おそらく、自分が選んだところに友亜が付いてくる。 そして、友亜は運動が得意ではない。
クラブに入らないという選択肢はないため、文科系のどこか適当に。 そんな風に思っていたため、新聞クラブを選んでくれたのは寧ろ有難かった。
『もちろん。 友亜の頼みなら大歓迎だよ』
友亜の学力は、ギリギリ平均点以上を取れているくらいだ。 その中で、国語だけはずば抜けて成績がよかった。
新聞クラブへ入り文字を書く機会が多くなった友亜は、作文のコンテストで入賞したり文集に載ったりと、たくさんの功績を収めた。
もっとも生徒の多くは、文章にはあまり興味がないのが現実だ。 いくら成果を出しても作品は中々読まれない。 読むのは新聞クラブを除けば、大人と自分だけだった。
『俺、友亜が書いた文章好きだな』
『本当!? 嬉しい・・・!』
そのような過去があるからこそ、友亜の記事に対する思い入れは強い。 そして、冬弥も。
―――もしかしたら、自分を犠牲にしていたのは俺の方だったのかもしれない。
友亜が付いてきて、悪くならないように物事を決める。 そして、それは自分にとっても悪くなかった。 だがそこに本当の自分の意志があったのかと問われれば、肯定するのも難しい。
―――・・・高一になって、ようやく友亜は自分の書いた文章で有名になれた。
―――理想とはかなり違う形だとは思うけど、これをバネにしてこれから先もっと有名になってくれれば、それでいい。
そこでもう一度、紙に書かれたたくさんの願い事に目を通した。
―――・・・記事はもう、余裕で500は超えているんだよな。
―――あとは早い者勝ち。
―――願いが叶うのは書いた順番通りではないから、叶うかどうかはもう運次第。
―――俺の願いが叶わなかったら、それは運が悪かったということにしておこう。
ここでまた、一段階身体が透けた。
―――願いが叶うのは、残り5つか。
―――・・・いや、4つだな。
―――あ、また一つ願いが叶った。
感覚で、残りの叶う個数が冬弥には分かった。 もう自分が消えるのは近い。 再び目を閉じ、友亜との過去を思い出す。 残りの個数をカウントしていると――――勢いよく、教室の扉が開いた。
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