車内の殺意と脳裏の笑顔

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 美咲、美香、俺はこの坂を上りきった場所で、お前たちの命を奪ったこの男を殺す。  きっと天国には逝けないだろう。でも、この男を赦すことが出来ないんだ。  俺は弱い男なんだと思う。だからこそ、こいつを殺して自分も死ぬことを選んだ。  幸いなことに、俺にはもう身寄りはいない。田崎の娘が俺に恨みを持ったとしても、恨みをぶつける人間はこの世に存在しない。復讐の連鎖は、これ以上続かない。  車はゆっくりと坂を登っていく。左手に公園が見えてきた。田崎は、この風景を覚えているだろうか。二人の命を奪ったこの風景を。  タクシーはスピードを緩め、公園のフェンスにつけて停車しようとハンドルを左へ廻す。それに合わせて、俺はカッターを振り上げる為に腰を浮かした。しかし、田崎は俺の行動を先読みしていたかのように震える声で呟く。 「わかっていました……」  予想していなかった田崎の言葉に力が抜けた俺は、再びシートに腰をストンと下ろす。 「わかってたって……何がですか?」  田崎以上に震えた声で、俺は質問を返した。 「あなた、竹内慎吾さんですよね? 十五年前、私はあなたの奥さんと娘さんの命を奪った……」  握っていたカッターは、いつの間にか足元に落ちていた。 「何時(いつ)から、気づいていたんですか?」 「競技場から此処に目的地を変更した時です。バックミラー越しにあなたの顔を見て、すべて思い出しました」  そう言って田崎はエンジンを停止して、被っていた帽子を助手席に置いた。 「だから、死んだ奥さんの話や娘の話をしたんですか? 俺の行為を踏みとどまらせる為に……」 「それは違います。私はあなたの今の感情が知りたかっただけです。私には妻も子供もいません。死んでも、悲しむ人間はいない。私は法の下で罪を償ってきました。でも目を閉じると、あの時の光景が頭に浮かぶんです。それはつまり、罪を償えていないということです。故意で無いとは言え、二人を死なせてしまった罪は、あんなもので許されることは無い。いつかこんな日が来る事を、心の何処かで待っていたんです」 「俺に殺される事を解った上で、この場所までタクシーを走らせたって事ですか?」 俺の質問に、田崎はゆっくりと頷いた。
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