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「すみませんが、カッターを使用すると、このタクシーを次に使う同僚が困ります。私は絶対に抵抗しないので、首を絞めて殺しては頂けませんでしょうか」
懇願するような表情で俺にそう告げた田崎は、ネクタイを緩めて目を閉じる。
「私はあなたに殺される事で初めて、あの日から開放されるんです……」
俺はその言葉に促されるまま、田崎の首に手を掛けた。
「俺はあんたに、全部奪われた! 美香は生きていたら今年で成人だった! 生きていたら、三人で家族旅行にも行ったり、誕生日を祝いあったりしたはずだ!」
自分の中に沸き上がった殺意を奮い立たせるように大声で叫びながら、首を掴む手に力を入れていく。
瞳を閉じ、闇の中に居る美咲と美香の顔を確認する。二人は、大粒の涙を流していた。
『何故、笑ってくれないんだ?』
田崎は死を受け入れたような表情で目を閉じ、涙を流している。
「おい、何でお前まで泣くんだ? 俺がこの十五年間、どれだけ苦しんできたかわかるか? 両親を早くに亡くした俺にとって美咲が全てだった。その美咲との間に出来た美香は、俺の宝だった……。それを奪われる痛みと苦しみがお前なんかに解るはずないんだ……」
「解りま……せん。だから……私は、死ぬしか……無い。私は殺されてもおかしくない行動を……しました。酒を飲み、運転し……あなたの大切な命を奪った……。私が死んでも……悲しむ人はいない。だから……」
田崎の言葉が俺の耳に入ってくる毎に、俺の手の力は緩んでいく。いつの間にか首から手を離していた俺は、後部座席で頭を抱えていた。
「あんたは嘘つきだ……。娘、いるんだろ? まだ俺の事に気づいてない時から、娘を心配するような発言をしていた。娘がいない父親からは、あんな言葉は出ない……」
瞳から零れた涙を手の甲で拭き取りながら、俺は話を続ける。
「ずっと、目を閉じると笑ってくれていた美咲と美香が泣いていた……。お前の首に手を掛けるまで、笑ってくれていたんだ……。結局、お前の死を望んでいるのは、俺だけだった……」
「私は殺人者です。死んで当然の人間です」
「俺も殺人者だ。俺はこのカッターで、お前を殺そうとした。冷静に、どうやったら確実に殺せるかを車内で考えていたんだ!」
そう言って足元のカッターを手にとり、田崎の目の前に突きつける。
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