車内の殺意と脳裏の笑顔

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車内の殺意と脳裏の笑顔

 午前二時四十七分。タクシーに乗車して、十分が経過しただろうか。  俺は運転手から見えない位置を計算し、使い古したビジネスバッグへ手を忍ばせる。書類を掻き分け、筆箱のチャックを開いてカッターを握りしめた。  刃を引き出す音が聞こえないよう、静かに親指を滑らせていく。カッターを強く握る俺の手は汗で滲み、小刻みに震えだした。深呼吸をして震えを抑えようとするが、焦点さえも定まらない。  窓越しに流れていく街灯の光に目をやるが、数秒もしないうちに自分の手元に視線が戻る。無意識に鼻息も荒くなってきたようだ。  バックミラーに映る運転手の顔を頻繁に確認するが、穏やかな表情は数分前と変わらない。その穏やかな顔でハンドルを握る運転手の背中からは、俺に対する警戒心など微塵も感じられない。今も、興味の無い話題を独り言のように呟いている。  そんな運転手と対照的な俺の額からは、脂汗が流れ落ち、耳に心臓が密着しているかの様な鼓動を感じていた。  俺は今、人を殺そうとしている。十分前まで、只の乗客だったのに。しかし、どのタイミングでカッターを取り出し、切り付けるのか。果たしてカッターだけで人が殺せるのか。人を殺した事が無い俺には解らない。  ただ、俺の心に沸き上がった殺意はもう、鎮める事が出来ない----。
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