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「おい、あれじゃないか」
佐久間は富田に声を掛け、深く積もった雪の中をかんじきを滑らせながら進んでいく。
「……聞いていた服装と同じ、多分間違いないでしょうね」
冷たい遺体はうつ伏せの状態だったが、昨夜入った捜索依頼の情報から、田部卓郎であることは間違いなかった。
「一年前に遭難した奥さん探しにきて自分も遭難……
まるで奥さんがあの世に連れて行ったみたいですね」
震える体を摩りながら呟く富田に、
「山の遺体はそんな事しない。
雪山では全員が人に優しいんだ」
咎めるように佐久間が言う。
「なら、亡くなった奥さんが起こしてあげたら良かったのにね。
あと五分起きてられたら、目の前の山小屋に辿り着けただろうに」
皮肉混じりの富田の言葉に、
「ふむ……」
佐久間は反論できずに、吹雪でなければ見えたであろう山小屋を見つめた。
「とりあえず掘り起こしましょう」
富田の声に振り返り、背中のバッグからスコップを取り出して遺体の周りの雪を掘り起こしていく。
「自分で選んだのかもな、こうなる事を」
先ほどの皮肉への答えを呟きながら、淡々と作業を進める。
うつ伏せの遺体の右手は万年雪の底へ向かって伸びている。
その手の先に、一年前の遺体が眠っている事を知るのはもう少し後のことだった。
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