Act3.恋蛍と少女

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「川島蛍さんのインスタグラムの投稿にあなたと一緒に写っているプリクラを見つけたの。最近のプリクラは落書きをしないのね。私が知っているプリクラとは違って驚いたよ」 「神田さんの時代のプリクラはどんな風だった?」 「私が高校生の頃は今みたいに目が大きくなったり肌が綺麗に写る機能は少なかったよ。代わりにスタンプやペンで派手な落書きを楽しむ文化だったね。ノートにプリクラを貼ったプリクラ帳って物を作っている人もいた」  見たところ美夜の年齢は二十代後半。彼女が十代の頃のプリクラの落書き文化やプリクラ帳、現在では廃れた文化が光には新鮮だった。 プリクラのデータはインスタグラムでいくらでも加工できる為、プリクラ機のスタンプやペンの機能はほとんど使わない。 プリクラ帳は手帳に数枚のプリクラを貼っていた中学時代の同級生を知っている。要はプリクラ専用の手帳だと解釈できた。 「蛍さんとはいつから友達だったの?」 「私、中三の冬にこっちに引っ越してきたんだ。私より前に引っ越してきた蛍とは転校した中学のクラスも団地も一緒で、すぐに仲良くなった」 「それで高校も一緒だったんだね」 「この学校なら家から自転車で通えるし、偏差値は中ランクだけど私や蛍にとっては偏差値ってあんまり関係ないからここでいいかぁって決めたの」  高校の偏差値がどうでもいいと思えたのは両親が離婚した十五歳の冬。 中学三年の春までは都内トップレベルの偏差値を誇る杉澤(すぎさわ)学院高校への進学を狙っていた。 杉澤学院への進学、ゆくゆくは都内の一流大学から一流企業への就職。光の両親が娘にかけていた期待と夢が打ち砕かれたのは中学三年のゴールデンウィークだった。 あの悪夢は思い出したくもない。  美夜はどこまで知っている? 3年前に光の身に起きた出来事は調べればすぐにわかる。光の探りの視線を知ってか知らずか、光と目が合った美夜は微笑した。 「昨日蛍さんのインスタを検索してみたんだ。非公開で見れなくなっているけど今もフォロワーがひとりいるよね。フォロワーは光さん?」 「そうだよ。……はい。蛍のインスタ」  蛍のインスタグラムのページを表示したスマートフォンを美夜に向けた。 「更新されないインスタをフォローしているのはどうして?」 「どうしてかな。……本当は蛍が生きてて、気まぐれにインスタ更新するかもって思ってるのかも。死人はインスタ使えないのにね」 更新されないSNSのフォローを外せない理由はそこにいけばまだ蛍が生きているから。あそこは蛍が生きた証だ。 「少し突っ込んだ質問をするね。光さんは蛍さんがパパ活をしていたことは知っていた?」 「知ってたよ。ツイッターで客釣ってたって聞いてる」 「それを聞いてどう思った?」 「蛍のお父さんも今の仕事の稼ぎ良くないみたいなんだよね。バイトの手段は何でも良くて、蛍は自分の小遣いを稼いでるだけだったんじゃないかな。……だけど友達として止めるべきだったよ。私がパパ活を止めていたら、蛍は殺されなかったのに」  美夜に語った言葉は本心だ。 パパ活を最初に始めたのは光の方。光の話を聞いた蛍が興味を持って自分もやりたいと言い出した。 男とデートするだけで数万稼げる。将来通う専門学校の学費の足しに少しでもなるならとパパ活に手を出した蛍を光は止められなかった。 あそこで蛍のパパ活を止めていれば今も蛍は光の隣にいてくれたはずだ。 「なんで今さら蛍の話を聞きたいの? 犯人は捕まってるでしょ?」 「パパ活に関連した殺人事件の捜査で過去の事件を調べ直している最中なの。辛いことを思い出させてしまってごめんなさい」  川島の話では美夜はサラリーマン連続殺人事件の被害者と蛍を殺した中井道也の外見の類似を指摘し、川島のアリバイを確認しに来た。 大人は子どもには本当の情報を話さない。だから大人は嫌いだ。  美夜との話を終えた時には五限目終了まで残り30分だった。 今から授業を受けに戻るのは面倒だ。でも警察との話が終わったのに授業に出席しなかったら担任や井口に説教される。 学校の人間が一斉に教室に押し込められている授業中の廊下は昔から好きな空間だ。人気(ひとけ)のない廊下と階段をわざと歩調を遅くして進む彼女は歩きながら宛にメッセージを送った。 [刑事が学校に来ました。蛍のこと聞かれたよ。今日の実行は危なそうだから中止にするね。車用意してくれたのにごめんなさい]  今日の18時に獲物と渋谷駅で待ち合わせをしていたが、狩りの実行は諦めた。 獲物に約束のキャンセルの連絡をしてやる必要はない。トークアプリ内で相手をブロックすれば簡単に関係が切れる。 獲物はこちらの本名も携帯電話の番号もメールアドレスも知らない。約束をすっぽかされた怒りを光にぶつけたくても連絡手段の退路を断たれた相手は存在しない幽霊である“ホタル”には辿り着けない。 授業途中に教室に入った光に注ぐ好奇と怪訝の視線が(わずら)わしかった。
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