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それから数週間が経った。
話題となっていた名無しラブレターもぱたりと止んで、たまに話題には出るものの「最近こないんすよねー」と二見沢が寂しそうに言って終わる。
このままみんながラブレターのことを忘れるのだと思っていた時に、事件がおきた。
「二見沢、スタメン辞退してくれよ」
洗い終えたユニフォームを干しにいこうと廊下を歩いていて、その会話が聞こえた。
コートでは部員がウォーミングアップをしているはず。どうして部員が残っているのかと気になって声をかけようと近づく。
けれど聞こえてきたものが緊迫した内容だから、声をかけられず物陰に潜んだ。
「俺たち今年で引退なんだよ。これが最後なんだ。だから譲ってくれ」
「いや、オレに言われても……」
二見沢と、ベンチに入れなかった三年生の子が話しているらしい。
「二見沢はあと一年あるだろ。お前が辞退したら枠が一つ空くんだ」
「……」
「俺たちが頑張ってきたの、お前も知ってるだろ」
言葉に詰まっているのか二見沢の声はまったく聞こえてこない。
そのうちに会話は終わって、三年生たちはどこかへ消えた。足音が去った後こっそり覗きこむと、二見沢だけが残っていて壁にもたれかかって座っていた。
「はあ……きっつい……オレ、どうしたらいいんだよ」
何年も一緒に部活を続けていた仲間から本音をぶつけられて、誰だってこんなの辛くなる。
私は三年生たちも二見沢のことも見てきたから、言える。
譲る必要なんてない。積み上げてきた努力を認められて選ばれたのだから、胸を張るべきだ。
声をかけようとして、でも躊躇った。
二見沢の瞳に光るものが見えたから。すぐに俯いて隠してしまったけれど、たぶん泣いている。その姿は他の人に見られたくないものだろう。
私は踵を返した。いま声をかけなくても、励ます方法がある。
隙間時間に手紙を書いた。久しぶりのラブレターだ。
誰もいないのを見てから彼の靴に忍ばせる。これしか応援出来る方法がないから。
最後の手紙も、やはり名前は書けなかった。
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