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2.部活後輩くんへ、届け名無しのラブレター
普段の距離が近ければ近いほど、失敗した時が怖くなる。
恋愛なんてそんなもの。もしも同じ部活でなかったのなら、告白はとっくに出来ていた。
練習前に行われる準備運動のクライマックスは、体力づくりのために体育館の周りを走る『外周』と呼ばれるもので、走り終えた人から体育館に戻ってきて休憩時間に入る。
女子バスケ部はさっき外周がはじまったところだけど、男子バスケ部はそろそろ戻ってくる頃。タオルを持って待っていると、一人目が戻ってきたところだった。息はあがっていて、苦しそうに肩が上下している。それから体育館の壁にもたれかかって、ずるずると倒れこんだ。
「お疲れさま、二見沢」
タオルを手渡すと、苦しげだった瞳が力を取り戻し、こちらを見つめ返す。走っている時とは違う穏やかで、優しい光を湛えていた。
そして切り替わり、笑顔が弾ける。にこっと擬音でもついていそうなほどわかりやすく、くしゃりと顔を緩ませて二見沢が言った。
「西那センパーイ、たっだいま! タオルあざっす」
走っている時は真剣だったのに、今はタオルに顔をうずめて喜んでいる。表情の落差が微笑ましくて眺めているだけで口元が緩んだ。
「西那センパイがお迎えしてくれるなんて今日はラッキーかも!」
「またそんなこと言って。昨日も、別のマネージャーからタオルもらって同じこと言ってたよ」
「あれ。そうだった? 怒ってる?」
「怒ってはないけど」
「やったー! 西那センパイ、だーいすきっ」
ぴょんと跳ねて抱きついてくる汗だくの塊。ふわりと揺れた二見沢の髪と服越しに伝わる体温に、緊張してしまう。
バスケ部二年の二見沢。彼の辞書にパーソナルスペースという単語は存在しないので、男女問わず抱きついたり手を掴んだりできてしまう。よく言えば懐っこいムードメーカーだし、悪くいえば八方美人で距離知らず。
だからこれは、いつもの二見沢の接触だとわかっている。でも心臓はどくどくと急いていて、声が震えた。
もしも、同じ性格の二見沢ではない男子に抱きつかれたとして。こんなに緊張することはないと思う。きっと嫌がっている。二見沢だから悶々としてしまうわけで。
この緊張を表に出してはいけないと唇を噛みしめて平静を装う。そうしていると外周から戻ってきた男子部員が助け船を出してくれた。
「ふたみん先輩。西那マネが固まってますよ」
ふたみん、というのは二見沢のあだ名。本人も気に入っているらしく、新入部員が入った時の自己紹介でも「二年ふたみん! またの名を二見沢!」なんて使っていたぐらい。
止めに入ったのは篠宮だった。このバスケ部には篠宮兄弟が揃っていてわかりづらいから『篠宮兄』『篠宮弟』と呼ばれている。いま声をかけたのは弟の方。
「あれ? 西那センパイ、ハグ嫌だった?」
「そんな汗だくの汚い状態で抱きつかれるの誰だって嫌ですって。さっさと西那マネを解放してください」
「んー。じゃあ解放! 次の子誰にしよっかなー」
篠宮弟に言われて、二見沢は唇を尖らせて離れていく。きょろきょろと体育館入り口を見て標的を探していた。
これから戻ってくる男子部員可哀想だなと苦笑していると、一年生の一ノ瀬くんが戻ってきた。すかさず二見沢が駆けだしていく。
「あ、イッチー発見! 抱きつき攻撃をおみまいしてやる! モテる男に突撃だー!」
「うわっ何するんですか、ふたみん先輩!」
嫌がる一ノ瀬とじゃれつく二見沢。騒がしいやりとりにバスケ部男子部員たちは笑っていて、私もくすくすと笑う。
二見沢は誰にでもああやって接するから、私だけが特別なわけじゃない。ハグなんて他の国じゃ挨拶で、二見沢にとっても挨拶なんだ。
わかっているけれど、少し前のときめきが残っている。特別なんかじゃないのに特別な気持ちを残していく、二見沢とのやりとり。
私は二見沢に片思いしている。去年からずっと。
だけど告白は――できるわけがない。
だって私たちの距離は近すぎる。同じ部活だから毎日顔を合わせるのに、それが気まずくなってしまえば。他の部員たちに知られて気まずくなることも嫌だった。
片思いの結末はハッピーエンドだけじゃない、報われないものだってあるから。
距離が近すぎれば失敗した時が怖すぎて告白なんてできない。
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