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事件が起きたのは数日後のこと。
次のスターティングメンバーが発表された。夏の大会に向けての選抜で、ほとんどが三年生。二年からは唯一二見沢が選ばれたのだ。
納得の抜擢だ。ふざけているのは休憩時間だけでコートに立てばバスケと真摯に向き合う。持ち前の運動神経、部活の態度。どれを取っても間違いなし。
けれど、納得しているのは全員じゃない。風向きは少しずつ変わっていた。
「……最後の試合なのにな」
選抜メンバーで紅白戦を行っていて、スタメンにもベンチにも入らなかった生徒たちがコート脇でそれを眺めていた時、私は聞いてしまった。
コート脇には数名の三年生が残っていた。その視線は、コートにいる唯一の二年生、二見沢に向けられていた。
「あいつがいなかったら、俺もベンチに入れたのかな」
「ふざけてばかりの二見沢起用とか、訳わからねー」
「だなあ。ちょっと腹立つ」
彼らの不満が燻って、こちらにも聞こえてくる。私も三年生でもうすぐ卒業の身だから、その気持ちはわからなくもない。けれど、その苛立ちを二見沢にぶつけるのは違うと思った。
コートでは二見沢が走っている。練習試合が近いから監督の指導も熱が入っていて、険しい顔をしながら部員たちを眺めていた。
その矢先、二見沢が出したパスが相手チームにカットされた。連携ラインを読まれていたのだろう。すぐさま監督の檄が飛ぶ。
「二見沢! その甘いパスなんだ!?」
「さーせん!」
「だらだらするな、気を張れ!」
今日の監督は特に二見沢に厳しい。二年生で唯一の選抜入りだから、それだけ期待されているのだと思うけれど。次第に二見沢の表情が曇っていく。
休憩時間になると、ほとんどの生徒は体育館の端に座って休んでいるのに、二見沢はまっすぐ男子更衣室に向かってしまった。一人になりたいのかもしれない。
私もドリンクの補充で倉庫に向かう。その途中に男子更衣室があって、扉が開いたままだったから通り過ぎる時に横目で見てしまった。
ベンチに腰掛けて、うなだれている二見沢。その姿に胸が苦しくなった。
監督の指導だけでなく部員たちからのやっかみもあって精神的に辛いのかもしれない。
彼を励ましてあげたい。けれど直接声をかければ、密かに温めている好意が伝わってしまうのかもしれない。少しでも知られて、この関係を気まずくするのは嫌だった。
だから――鞄から紙を取り出して綴る。
これは二見沢を励ますためのラブレター。でも名前を書かなければ、私が出したのだと気づかれることはない。
名前を書かないと決めたら自由に言葉が浮かぶ。好きの二文字もためらいがなかった。
今は辛いかもしれない落ちこんでいるかもしれないけれど、応援している人がいるから。そのことを伝えたい。
休憩時間が終わって部員たちが体育館に集まる。二見沢も向かっていった。周囲に誰もいないことを確認してから、体育館玄関にある二見沢のローファーに手紙を入れた。
名前は告げられない、片思いラブレター。
それが少しでも、彼の気分を和らげてくれることを願って。
部活が終わって片付けをしていた時だ。部員たちは着替えが終われば早々に帰るけれどマネージャーはまだ仕事が残っている。最後にボールを拭こうかとタオルを取りに戻った時、玄関で部員たちが騒いでいるのが聞こえた。
場の中心にいるのは二見沢だ。周りの男子生徒が二見沢を囲んで、やいやいと盛り上がっている。
「マジかよ!? ふたみんセンパイ、ラブレターもらってんじゃん」
「相手は? 誰?」
でも二見沢は首を傾げていた。
「名前書いてないんだよねー。おっかしいなー」
「じゃあ男が書いたんじゃないっすか?」
「うわオレの想像力クラッシャー。でもこの字は、女子っぽくね?」
「いやいや、男だって綺麗な字書くやついますよ。一ノ瀬とか」
急に名前が出てきたことで、靴を履き替えていた一ノ瀬くんの背がびくりと反応する。
すかさず二見沢がその背に飛びこんだ。
「イッチー! オレ、お前の気持ちに気づいてやれなくてごめんな……」
「違いますって。俺、好きな奴いますから――って背中! 乗らないでください! 重い!」
どうやら話題はラブレターの差出人についてのようだった。
少し照れているのが面白くて、彼らを遠くで眺めて微笑む。どうやらラブレター作戦は効いたのかもしれない。二見沢の表情に曇りは見当たらなかった。
***
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