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陸の言葉に、その子はますます赤くなる。
「へ? あ、いや……そうだったっけ。ナハハハ」
「何がナハハなのかしら……?」
その低い声に、将馬がガバッと振り返った。
「あ、美夕さん」
いつのまにか美夕が、入り口の前で腕を組んで仁王立ちになっている。
「み、みゅう! いやだから、俺にはみゅうがいると今……!」
「受かったってメールが来たから、仕事そっちのけでおめでとうって言いに来たのに……! 何、にやけてんのよ! 将馬のバカーーッ!」
「はうっ!!」
美夕のボディーブローが、容赦なく将馬の腹にめり込んだ。
「わははは! いいぞー、オフショア名物、痴話喧嘩だー! こっちでやれ、さあさあ」
「陸さんもこっちどうぞ! 今日は大いに飲んで食いましょう。広島焼き、好きっすよね!」
全員が宴会の輪の中に引きずられ、合格祝いの席が更に盛り上がりを見せる。
その中で初夏は、あっと小さく声を漏らして大和の傍に駆け寄った。
「ねえ、ちょっとだけ繭子さんのとこ行っちゃダメ? 合格の報告したいの……きっと心配してると思う」
大和が初夏の遠慮がちな瞳に微笑む。
「初夏ちゃんならいいよ。つわりって言っても繭子は平気だって言ったのに、僕が上にいろって置いてきたんだ。こんなむさ苦しい奴らの宴会に出させたくなくてね。今頃ふくれてるかもしれない。行ってやって」
うん、と元気に頷いて、初夏は店の裏口から外へ出た。
頬に触れる冬の空気は冷たいけれど、澄んだ青空からは暖かい日差しが惜しみなく降り注いでいる。
(空さん、陸くん合格しましたよ)
頭上を仰いで報告を済ませると、初夏は店の二階にある大和と繭子の自宅への階段を上がった。
正式に大和と籍を入れた繭子は、現在妊娠四ヶ月。今では病院などに行くときは、初夏が付き添うことも多い。
大和は夏に産まれる予定の赤ちゃんを心待ちにしていて、その子をおんぶしてお店に出るのが当面の夢だとか。
店のイメージダウンになるからやめてくれと、陸と将馬がこの前泣きついていたが、きっと大和は強行するだろう。
そんな事を思い出して、初夏は笑いながらインターフォンを押す。
その左手の小指には、以前繭子からもらったピンキーリングが可愛らしく咲いていた。
夏を思わせる、珊瑚の指輪が。
あの恋夏の夢がいまも消えない *END*
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