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やんわりとした物言いと他の男子のように浮き足立って騒ぐことがないせいか、おとなしい印象。けれど人見知りというわけでもなく、気さくに話しかけてきては今のように初夏を励ましてくれる。
「あたし自信なんかとても持てない……。陸くんはあがってないの? やけに落ち着いてるね」
「だってジャンケンで決まったんだよ? そんな上手くなくて当たり前。初ちゃんももっと気楽に考えて」
「う、うん……」
二人で肩を寄せ合って同じ隙間から客席を見下ろしていると、静かに照明が落ち始めた。いよいよ開演だ。
「やだ、始まっちゃう。やっぱり気楽になんて無理。どうしよ、なんかあたし頭ん中真っ白……!」
カーテンを掴んだまま、すがるように隣の陸を見上げる。すると一瞬だけ笑ったように見えた瞳が初夏の視界一杯に広がって──、
(え……?)
気がつくと、陸に唇を塞がれていた。
「………」
照明の落ちた舞台裏。辺りには誰もいない。
逃げる事だって押し退ける事だってできたのに、初夏はその優しいキスに思わず目を閉じてしまった。
ブ――――――ッ……。
開演のブザーが意識を通り過ぎていく。
「あがらないおまじない」
離れた唇がそう囁いて、客席からは割れんばかりの拍手が波のように押し寄せる。
「いくよ、初ちゃん」
そして彼は、いつも通りのおっとりとした微笑で初夏を明るい舞台へと促した。
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