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3カ月前のことだ。
チームの一員として取り組んできた、大きな案件が決まったと一報を受けた。
そこにいた会社のメンバーと喜んだのも束の間、安心した未来は体から力が抜けていくのを感じた。
そうして倒れ込んだ未来を、すぐさま病院に連れて行ってくれたのは、社長の青島だった。
「過労です。2、3日入院して様子をみましょう。」
診察した医師は言った。
「道田に連絡するよ。謝らないとな。」
青島はもともと、創太の勤める広告代理店から独立して、今の会社を立ち上げた人だ。
仕事でもつながりのある、創太に連絡すると言ったのは、ごく自然なことだった。
それを止めたのは、未来だ。
「彼も大きな案件を抱えているんです。それが終わったら自分で話しますから。」
「そういう訳にはいかない。だいたい入院するんだから、すぐにわかることだろう。」
青島のその言葉に、未来は苦笑はした。
「わからないのがこの仕事ですよ。」
青島はやるせない表情になって、ベットに眠る未来の頭に手を置いた。
「お前、あまり無理はするな。まぁ俺がさせているんだけどな。」
「でも恋人にはちゃんと甘えたり、わがままを言ったりしろ。それでダメになるなら、どうせ長くは続かない。バツが付いてる俺が言うんだ。」
青島はそう言って笑った。
結局、青島や同僚達が、入院の手続きや身の回りの物を準備をしてくれて、2日間入院した。
点滴の効き目もあったと思うが、規則正しい食事をして、ぐっすり眠る。
この当たり前の生活を、たった2日間しただけで、大げさだが、生まれ変わったような気がした。
そして自分がいかに自分自身のことに、無頓着に過ごしてきたのかを思い知った。
今までしてきたような生活こそが、これから先、長くは続かないと気がついたのだ。
それから3日後、誰もいない部屋にひとり帰った。
青島は外せない仕事が入っているという理由で、代わりに誰かを付き添わせるとうるさかったが、倒れる前よりも確実に元気になっていたし、何より会社にこれ以上の迷惑は掛けられなかった。
その日はとてもいい天気で、日差しがやけに眩しく感じた。
「疲れた。」
思わず呟いた自分の言葉に、未来は驚いた。
あぁ、そうか。
私は疲れたんだ。
その瞬間、涙が溢れて止まらなくなった。
外側だけ塗り固められていたものが、涙で流れ落ちていくのを感じた。
そして差し込む光によって、それはみるみる蒸発していく。
その光は外へと続いていた。
「フリーになります。」
未来の言葉に、社長の青島は明らかに落胆した様子を見せたが、賛成してくれた。
未来にとっては、それのどちらの反応も有り難かった。
「男も勿論だが、女性が続けていくには大変な仕事だ。仕事の依頼はさせてもらうよ。これからもよろしく頼む。」
未来は感謝の思いで、頭を下げた。
「いよいよ結婚を考えたか。」
青島のその言葉は、笑うのか泣くのか、決めかねている表情で受け流した。
目覚まし時計と腕時計が、11:55を指した。
スマートフォンに触れると、23:55と表示される。
今日は、未来の誕生日だ。
30歳になった。
「あと5分。」
今日、創太と会えたら、新しく借りた部屋は『仕事場』と言うつもりだった。
もう会えそうにないな。
未来は鞄から淡いピンクの封筒を取り出して、目覚まし時計の下に置いた。
代わりにスマートフォンを鞄に仕舞う。
最後に、腕時計を今までしたことのないくらいに、丁寧にはめた。
そして腕時計の針が、12時で重なったのを確認してから、未来は立ち上がった。
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