第二話 窮鼠猫を噛む

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 ひっくり返りながらもネズミは私の腕から牙を抜かなかった。まじイイ根性。  ぺろっと私はくちびるを舐める。そうしないと口が乾いて声が出なさそうで。 「わが馬具わが武具、そは神明の輝きにて烈火のごとく祓い清め給う光刃たれ!」  抜き身の状態で現れた白木の匕首(あいくち)を横から思いきり獣の首に突き立てる。 〈ギイイイイイイ!〉  潰れた喉から呻きが漏れ私の腕がようやく外れた。  もはや感覚がなく自分のものではないような左手をしかりつけ、私は手のひらを毛皮の腹に添えて囁いた。 「おいで、炎龍」  ごおっと私の髪を舞い上げて熱風が上がった。大ネズミは全身を炎に包まれている。  匕首は消えて、右手薬指の指輪も崩れてなくなってしまっていた。こっちも限界だったか。  頭をのけ反らせ手足をばたばたさせている大ネズミに馬乗りになったまま私は待つ。真っ赤に燃える炎の中で、ネズミの首の下あたりに黒々とした塊がせりあがってくる。  こいつめ。私はそれを右手で鷲摑みにする。ぐにゃり、ねちょっと、鳥肌が立つくらい不愉快な感触。  そりゃそうだ、と私はまた思う。小さなネズミをこんな風にした得体の知れないナニカの塊が心地いいモノなわけない。 「失せろ」  握り潰すと、ベタベタした感触だけを私の指の腹に残して黒い塊は霧散した。私の師匠は、このべたべたをタールみたいだと表現したけど、タールだって触ったことがないから的確な説明なのかどうなのか今でもピンとこないままだ。  毎回思い出すことをまた思い出しながら指をこすっている間にその感触も消えた。  大ネズミの巨体も焼き崩れて浄化の炎と一緒に天空へとのぼっていき、いつの間にか何もない地べたに私はぺたんと座っていた。 「もう少しスマートな戦い方ができないのか」 「うっさい」  チートでお貴族様な吸血鬼に言われたくない。戦闘ってのは泥臭いもんなんだよ。……でもまあ、私がドジったのは本当だ。 「窮鼠猫を噛むってことわざがあるんだよ。追い詰められた鼠が猫に噛み付くみたいに、弱い者でも強い者に反撃できるだろうって。でもって強い者の方からいえば……」 「油断大敵?」 「そういうこと」  私はぱたっと大の字になって地面に倒れた。うう、もう動けない。霊力を使いきったのもそうだし、噛み傷も痛むし、私には害のないはずの浄化の炎で右手がちょっとだけ火傷っぽくなってるし。  私はいつも加減がわからないんだ、思いっきりやっちゃって疲れ果てちゃう。慎也さんはまたフクザツな顔をするだろうなあ、はあ。
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