第二話 窮鼠猫を噛む

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 私は今ガス欠なんですけど! うえええん、キモイよぉ。生温かい舌がざらざら這いまわる度に鳥肌が立つ。そーだ、にゃんこだ。にゃんこに舐められてると思えばいい。にゃんこおぉ。  どーにかこーにか私が耐えている間にシモンの髪と瞳が明るくなるのがわかった。 「やっぱヒトの血はいいなあ。トワみたいな色気のないオンナでも魔力は抜群だしな」  ちきしょう、襲っておいてその言い方はなんだよ。と罵る元気もなくした私の体をシモンはひょいと肩に担いだ。  え、なに、この米俵担ぐみたいな扱い。ねえ、ここはお姫様抱っこするところじゃないの? お姫様抱っこじゃないの? 「慎也のとこ行くぞ」  軽く跳躍して飛び跳ねるように道路に出、折れ曲がった道をショートカットしてシモンは山を下りる。この調子じゃコイツ住宅の屋根の上を飛び移って移動する気だ。  やめてくれえと心で叫びつつ、肩に担がれた私はシモンの背中で力なく腕を揺らすことしかできなかった。  神明社の自宅に戻ってクルマから引っ張り出した私を縁側に転がした後、シモンは「遊んでくる」と浮き浮き出ていった。  まさか街に下りるわけはないだろう。山中でもしかして野性のシカくらい襲うかもしれないけど、さっきあんな話をしたばかりだもんなーと私はううっと呻きながら見送った。 「十和子さん、怪我を見せてください」 「それより早くお風呂に入りたいです」  なんかもー、今すぐいろいろ洗い流したくて、救急箱を持ってきてくれた慎也さんに訴える。 「ひとりで大丈夫ですか?」  優しい慎也さんは心配してくれて、一緒に入りましょうって誘えば入ってくれそう、いやいやきっと慎也さんのことだから介助としか考えてないよ、と目まぐるしく思考を巡らせ私は大丈夫です、と自力で風呂場に向かった。  さっぱりしたくて温めのシャワーを浴びると疲労が溶け出して意識が飛びそうになる。  土埃でざらざらになっていた髪と体を洗ってタオルで体を拭き、いつものパジャマではなく浴衣をひっかけただけの格好でよろよろと部屋へ行って慎也さんが敷いておいてくれた布団に倒れ込んだ。  少し寝入ったようで、ふと目が覚めると部屋の中はとても静かで暗かった。  目が慣れると左腕の手首近くから肘の手前まで巻かれた包帯の白さが浮かび上がった。横向きに寝そべったまま右手で包帯をなぞる。 「痛みますか?」  夜の底からふわりと浮き上がってくるような優しく静かな声が枕元でした。この位置からだと姿は見えないけど、そんなことは気にせず私は答える。 「大丈夫です」
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