第三話 夫婦喧嘩は犬も食わない

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第三話 夫婦喧嘩は犬も食わない

 滝沢なるみは途方に暮れていた。  昨夜、八時をすぎてから帰宅した新婚二か月目の夫とケンカして財布もスマートフォンも持たずに部屋を飛び出し、玄関で靴を履きながらクセでクルマのキーを指に引っかけ、一連の流れのまま愛車のラパンに乗り込みマンションの駐車場を後にした。  国道に出てひたすら車を走らせ、隣接する市との境を越えたところで我に返った。自分でもどこへ向かえばいいのかわからない。  落ち着いてコーヒーでも飲もうと、通り沿いのコーヒーショップの駐車場へと入ってクルマを留めた。  そして気が付く。いつも持ち歩いているバッグがない。財布もスマホも持ってはいない。自宅に置いてきてしまった。  これでは何もできないとなるみは少し呆然となる。自宅に引き返すしかないのだが、今はまだ夫と顔を合わせたくない。  地元で最大手の自動車部品製造の会社で働く夫は、まだ入社二年目の若手らしく見た目さわやか、受け答えもハキハキしていて実務能力が高いので職場で期待されているらしい。  本人から話を聞いて、なるみも立派な夫の姿に鼻高々になっていたのだが、結婚して生活を共にするようになるとそうもいかなくなった。会社帰りの夫はひどく機嫌が悪いのだ。  どちらかといえばのんびりした性格のなるみは、始めはあまり気にしていなかった。が、事ここに至って深刻にならざるをえなかった。  ――毎日家にいるくせに。  先ほど、夫が言い放った一言を思い出してまた胸が痛くなる。  ――もっとできる子かと思った。  失望した様子の口振りとセリフに、なるみはなぜ彼がそんなことを言うのかわからなかった。ただ言われたことがショックで家を飛び出した。  深く考えなくたってわかる。なるみは夫の言葉に傷ついた。それがすべてだ。  運転席でうなだれたなるみは、うっかりおでこでクラクションを鳴らしてしまいびくりと上体を跳ね上げた。  なにをやってるんだろう。自分が滑稽でますます涙がこぼれてしまう。  そのとき、コン、コン、と真横で音がした。ぎくっとして俯きがちなまま目を向ける。誰かが身を屈めて車内を覗き込んでいる。駐車場内の乏しい灯りで女性だとわかるが、それでも怖い。その人の口がゆっくりと動く。 「ダイジョウブ?」  それでなるみは少し緊張を解いた。店舗から出てきたばかりの女性三人が近くを通りがかろうとしていたこともあり、何かされても助けを呼べると考え思い切ってドアを開けた。
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