第三話 夫婦喧嘩は犬も食わない

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 ダンナさんのために夕食を作るのだろうなるみの邪魔にならないよう、食事時前にさよならをした。どこがいちばん近道かと路地をふらふら試しながらのんびりと帰り着くと、我が家では慎也さんが私のために夕餉を整えていてくれた。  とっても私好みな辛さの麻婆茄子が美味しくてごはんをお代わりしてしまった。  食後のお茶を飲みながら滝沢家の様子を説明した私は例のモノを取り出した。 「髪の毛ですね」  慎也さんが見ても間違いなかった。茶色のクマの綿の中にあったモノ。八センチ程度の一本の黒髪だった。 「キモチワルイな」 「呪(まじな)いですか?」  露骨に引いてるシモンほどではなくても、慎也さんもあまり気分はよくないようだった。そうだよね、男の人からしたら気持ち悪いよね。でも、こういうことをやっちゃうのが思春期のオンナノコなのだ。 「ほんの軽い気持ちだったんだろうと」  大好きな親戚のおにいちゃんを取られて悔しい気持ちはわからなくはない。もし私が慎也さんを誰かに捕られたらって思うと……うん、あんまりそういうことは考えない方がいい。  おいで、炎龍。軽く念じただけで、髪の毛は私の手のひらの上で燃え尽きた。塵も残らなかったけど、私は息を吹きかけて手のひらをはらった。 「旦那さんがなるみさんに対して激昂したというのは呪(のろ)いのせいですか?」  慎也さんは「まじない」を「のろい」と言い直した。私はただ首を横に振った。 「どうでしょう。それは考えにくいけど、でも少しは影響があったのかもしれない。でも、そうでなくても、なるみのダンナさんの性質が元々そうなのかもしれないし」  魔が差すってコトバがあるけど、魔を引き寄せやすい人とそうでない人はいるし、心の鍛錬ができているかどうかで自らを止められるかそうでないかの違いもある。また本人の人徳でその場で引きとどめてくれる人がいるかどうかの運もある。  過激になりやすい年頃のオンナノコが周りの友だちにあおられて(おそらく)恋情をこじらせ妙なおまじないを実行しちゃったのも魔が差した行動といえなくもない。これ、絶対黒歴史になるでしょ。  過ちをおかす可能性は誰にでもあり、失言ともなれば日常茶飯事なことともいえる。けれどそこにはやっぱり人それぞれの性質が無関係ではなく、なるみのダンナさんにも妻を軽んじる気持ちがあり、自制が効かなかったのも心の弱さ甘さがあったからだろう。その甘さは、なるみへの甘えでもあってそれは男の人のカワイイところなのかもしれないけれど。
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